<零の仕事>6
月夜本領発揮!
「奴らが来たぞー!」
「『月夜』だ! 迎え撃て!」
町のはずれの廃工場。一人足りない、一人見えない、合計二人わからない『月夜』は、暴力団のアジトに仕事に来ていた。
まだ敷地内に何歩かしか入っていないのに、すぐに廻りを包囲された。すさんだ目をした若者。皆鉄パイプだったり、銃刀法違反にならないものを装備している。
鉄パイプはいってしまえばただの鉄だが、強くふるうとそれなりのけがをしてしまう。
だが、零にとっては。
「・・・なっ・・・!」
一人の若者が声を上げた。それを見て零は薄く笑う。
その若者の持っていた鉄パイプは、何もされていないのにーーーまぁこれは若者の視点だがーーーバラバラに切られ、一つ一つが武器として使えなくなるほど小さくなっていた。
「な、何で・・・!?」
一人が唖然としている間にも、誰かの持つ鉄パイプがまたバラバラになっていく。
零は、それぞれが唖然としていく様を見て、おかしくてたまらなかった。
彼らの鉄パイプは、零の見えないぐらい細い鋼糸によって切られていたのだ。
鋼糸は見えなく細いのに、しっかりと手入れをしていれば骨すらも切断できる。
手袋についている鋼糸は指で操作する。指だけで鋼糸の動きを予測し回避するというのは常人には無理だ。
零の予測不可能な鋼糸が、次々と若者の鉄パイプを切断していく。
「・・・くっそ・・・!」
鉄パイプを失った若者は、悔しそうに唇をかんだ。
武器をなくし、戦う術は素手しかない。
だが、鋼糸の元に突撃するのはリスクが高かった。もしかしたら、すぐそこに鋼糸が張り巡らされているかもしれないのだから。
若者は、零の少し離れたところにたっている少女に目を付けた。
小柄で、整った顔立ちをしている。見たところ何も持っておらず、対して強くなさそうだ。
暴力団は知らない。
彼女が、恐ろしい薬品の製造者だということを。
彼女の名前は、萌黄。
「・・・こっちにこないで、気持ち悪いわ」
小さく顔をゆがめて彼女は呟く。
そして、自らの鼻や口を押さえることもなく、普通に、白い粉を振りまいた。
それは空気に混じるほど細かい粒で、すぐに鼻から、口から、体内に入り込んでいく。
がくんと、ひざが折れた。
「あ、足が・・・!? 体が、動かない・・・!」
体が動かなくなりその場に倒れ込む若者たちを、萌黄は蔑むように見下ろした。
「男は嫌いなのよ。見るだけで吐き気がするもの」
その蔑みの目に、若者は血の気が引くのを感じた。
萌黄は自分の履いていた厚底の黒いブーツに手を伸ばす。かかとの部分に手を滑らせ、そこから針を取り出した。
細針。細く、体内に打ち込むと見つかりづらいといわれる針だ。
実は萌黄、薬を武器としてもっと活用するために、ブーツに針を仕込んでおいたのだった。
ポケットから手のひらサイズの小瓶と脱脂綿も取り出す。
そこで、体を動かせず見ているだけの若者たちは、萌黄が何をしようとしているのかがわかった。
小瓶の中身は無色透明の薬品。
「・・・初めて使うから、量とかはさっぱりわからないのよね」
そう楽しそうに呟きつつ、脱脂綿にその薬品をしみこませた。
その脱脂綿で針を消毒するように拭く。
だが、脱脂綿についた薬品は消毒液ではないため、効果は真逆。
「特製ブレンドの致死性の毒よ」
こらえきれなくなって、萌黄は微笑を浮かべた。
「あなたたちには、この薬の試作品になってもらうわ」
しゃがんで、一人の若者の手を取った。
握手をするようにぎゅっと手を優しく握りーーーーー針を、手首に打ち込んだ。
深く。深く。
「・・・・・・っ」
毒がたっぷり塗られた針が打ち込まれ、血によって体内を犯していく。
やがて、若者は生き絶えた。
「うん、いい感じじゃない」
萌黄は満足そうにうなずくと、一人、また一人と針を打ち込んでいった。
仲間が武器を失っていく。
仲間がどんどん倒れ、毒針を打ち込まれていく。
その様子を見て、若者はもう逃げ腰になっていた。
どうせ自分たちは下っ端だし、死ぬよりは逃げた方がましだ。
恐怖で動きづらい足をもどかしく思いつつ、逃げようと振り向く。
「っひ・・・!」
若者の振り返ったところには、夜空色の長い髪を後ろでくくった、猫目の青年が音もなくたっていたのだ。
「ねぇ、君」
にこにこと笑っている青年は、若者に聞く。
「君、『月夜』からの人質がどこにいるか知ってるかい?」
「ひ、人質・・・?」
「ーーー知らないの?」
す、と青年の顔が無表情になった。
その冷たい目に、若者は息をのむ。
言わなくては、殺される。そう感じた。
だが、この若者は本当に人質の居場所を知らなかった。
自分たちみたいな下っ端に、人質の居場所など教えられるわけがない。
「し、知らない・・・本当に、知らないんだ! だから、命だけは・・・!」
若者は土下座をする勢いで叫んだ。
青年はそれを侮蔑の目で見下ろし、
「役立たずだなぁ・・・じゃあ、いらないね?」
そう、呟いた。
「ーーーぐっ」
瞬間、何があったかも理解できないまま、若者は遠くにあった木の幹に背中を打ち付けられた。
息が一瞬止まるのと同時に、気を失う。
「かっ・・・は・・・・・・」
遠くで若者が倒れるのを見て、青年ーーー朔はため息をついた。
「・・・下っ端だから教えられてないっていうのはわかってるんだけどねぇ・・・」
朔はさっき、若者の髪を瞬時につかんで引っ張り上げると、腹に思いっきり蹴りを入れたのだ。
どうやら力加減を間違ったようで、だいぶ遠くまで若者は飛んでいった。
「やっぱり僕、相当苛立ってる」
ふふ、と一人笑って、歩き出した。
早く、氷美を助けに行かなくてはならない。
そのために、こいつらを蹴散らさなければならない。
「萌黄、あまり殺すなよ。・・・零君も。楽しいのはわかるけど、遊んでないで」
薄く笑って二人に指示を出す。
二人は少し目を見張ってうなずくと、歩いている朔の後ろをついてきた。
「えーっ、暴力団下っ端の諸君」
ちょうどいいあたりで立ち止まり、この場にいる全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「我々は今三人しかいないが、少しの戦いでわかったと思う」
下っ端諸君はほとんど地面に座り込んでふるえていた。
「負ける気はない。人質まで取られて、やすやすとやられてやったりはしない」
あまり多くの犠牲は出したくないのだ。
「逃げたい奴は早く逃げたまえ。・・・・殺されるまえに」
ひっ、と息をのむ音が聞こえた。
「『月夜』を、あまりなめるなよ」
朔はいったん目を閉じた。
次に開けたときには、もうその場には下っ端諸君誰もいなかった。
個人的に萌黄ちゃん好きです。