<零の仕事>3
翌日。誰かが仕事にいくちょっと前の空白の時間。
「さて、零君」
朔が結構のんびりした声で零に言う。
「はい?」
「今日の仕事はどうしたい?」
え、と零は固まった。
これは、これは、まさか。
行きたいと言えば行かせてくれるのだろうか。まさかの個人の意見を尊重する的な? 氷美にはにらまれるかもしれないけど、正直からだがうずうずしている。行きたい。
「行きたいです」
気持ちの整理を少しして、朔にそう期待を込めて言うと朔はそっかぁと笑った。
そして無言。
・・・そっかぁ? そっかぁって何? 考えているようには見えないけど。どういう意味だ? 行ってきても良いのか?
零は朔の意図がつかめず、何もしゃべらないで待っていた。
どちらも動かない。
耐えきれなくなって、零は立ち上がって水を飲みに行く。
帰ってきたが、朔は動かないままだった。
なんかもう駄目だこの人。
そう思って零は鋼糸の調子を調べる。手袋に仕込まれた鋼糸が途中で詰まったり絡まったりせず出てくるかどうか。するすると出てきてするすると戻る。それを何度か繰り返して、零は満足して鋼糸をしまった。
ちら、と朔を見る。
さっきから何も動いていないようだ。
やることがなくなって、零が手袋をはめたりはずしたりしていると、不意に朔の気配が消えた。
「?」
朔がいたところを見ると、そこにはいた気配がない。
どういうことだろうか。窓に目を向けると、朔がちょうど手を振っているところだった。
「えぇっ!? 朔さん!?」
「じゃぁね零君。今日は鴉と一緒に仕事に行ってくるよ」
鴉というのは、零も姿を見たことのない、『月夜』の謎のメンバーである。情報収集担当。
「さっき聞いたのはなんだったんですか! 行かせてくれるんだと思ってたのに!」
零が思わずそう叫ぶと、朔はさわやかに笑った。
「誰も行くといったら連れて行ってあげるなんて行ってないだろう? 聞いただけだよ零君」
「だぁぁちっくしょぉぉぉ!!!」
すごく悔しかった。ちゃぶ台返しをしたくなるぐらい。
「じゃ、後はよろしく」
朔がそう言って、一般家屋の屋根を飛び移りながら仕事場へと行く。後ろをなにやら黒い影がついて行った。おそらく鴉。
「あぁ・・・今日も封筒づくりかよ・・・」
あの地味さを思い出してため息をつく零。正直言って最悪だ。
「ただいまー」
扉の開く音がして、どこかに行っていたらしい氷美が帰ってきた。
「あ、お帰り・・・つか、どこ行ってたん?」
「買い物。そろそろ夕飯の材料切れたかなーって思ってさ」
よいしょ、と大きなビニール袋を持ち上げる氷美。氷美は『月夜』の中で料理の担当もしている。どこで教えてもらったのか知らないが、氷美の料理はおいしかった。
たまに萌黄がいたずらして何かの薬を入れるから困っているのだけど。
「あれ、朔さんたちは?」
彼女もおそらく鴉の正体は知らない。この場合の「たち」は、今いない萌黄も含んでいるのだと思う。
「萌黄は隣の部屋で薬発明、朔さんは・・・仕事」
「え、仕事?」
聞き返す氷美に、零は眉間にしわを寄せてうなずく。
「俺にどうしたい? とか聞いておいて、聞いただけとか言って仕事に行った」
そのまま個人的な補足をすると、氷美は苦笑した。
「朔さんにとっては、私だけじゃなくて零も大事なんじゃないの?」
「・・・うー・・・ん」
よくわからなかった。大事にしてくれるのは嬉しい。だけど、それじゃあ、俺が鋼糸を持っている意味はーーーーーー
「あれ?」
「ちょ、何よ零」
氷美が驚いたように言うが、聞こえなかった。考え事にふけっていたからだ。
俺は、どうして鋼糸を持ったんだろう?
答えはわかっているはずだ。氷美を守るためだ。さらわれた氷美を、助けるためだった。
じゃあ、今は。
氷美はもう、守られる存在じゃない。
零と戦って互角、下手すると零よりも強い。
だったら、今、俺が鋼糸を持って戦う意味はなんだろう?
悪徳業者を倒すため? いや、ちがう。俺はそこまで正義感のある人間じゃない。
金がほしいから? いや、金を取ってきたところで、ほとんどは一般のみなさんに寄付するため、零たちの持ち金が増えるわけではない。
「なんだろうなぁ・・・」
「なにがよ」
「いや、なんでもない」
氷美が怪訝そうに聞いてくるが、そんなことを正直に言えるわけがない。
氷美を守りたくて、鋼糸を持った。・・・なんて。
正直、自分でも恥ずかしいのだ。
「何を悩んでおるのじゃ」
ふと、氷美でも萌黄でもない澄んだ声が聞こえて、零は顔を上げた。
そこにいたのは、藍色の髪、水色の目をした氷美の妖刀・雪鶴。
雪鶴は零も幼い頃から知っていた。氷美がさらわれたときに、武術とかも少し教えてもらった。普通の妖刀ではないと思っている。まぁ普通の妖刀ってなんだろうとは思うが。
「雪鶴・・・」
「なんじゃ。お前みたいな普段脳天気な奴が悩んでいたりすると、気持ち悪くて仕方がない。ウザいので、ほれ。話してみろ」
変にお節介焼きだなぁと零は思った。
ていうか、普段脳天気って。悩んでると気持ち悪いって。
つっこみたいところがないわけではないが、キリがないのでつっこまない。自分でもそれが一番だと思う。
「うーん・・・」
「なんじゃ」
「雪鶴ってさぁ」
「うむ」
「戦うことに、疑問を持ったことってないの?」
氷美は今料理をしているが、キッチンは結構近いところにある。話が聞こえてしまうので、当たり障りのないところから雪鶴に聞いてみた。
「疑問?」
「うん」
雪鶴はしばし沈黙した。雪鶴は少女の外見だが、刀なので年齢不詳。しかも、氷美の母・氷奈もつかっていたので、はたして何年前にできたものなのか予測不可能だ。言っては悪いが、しゃべり方が年寄り臭いなと零は思っている。
「理由があるから戦うのではなく、戦っているうちに、理由ができるのではないか?」
「ふぇ?」
雪鶴の言葉が理解できず、零は変な声を上げた。
そんな反応に雪鶴は顔をゆがめて続ける。
「少なくとも我はそうだった。こうだから戦う、じゃなくて、戦うから、こうなる・・・よくわからないかもしれないが、理由じゃなくて、結果を目指して戦っているのではないだろうか」
「あのー雪鶴。もうちょっとレベル下げてくれると嬉しい」
自慢じゃないが、零は国語が苦手だ。
言われた雪鶴は眉間にしわを寄せて首を傾げる。
「レベルを下げろと言われても、我にだってよくわからぬ」
「えー・・・」
思わず零がそうこぼすと、雪鶴は不快そうに目を細めた。
「人が言ってやっているのだから、少しは理解する努力をしろ。まったく・・・せっかくなやみを聞いてやろうとしておるのに、これでは意味がないではないか」
「ごめん・・・ありがとな、雪鶴」
「ふん、我はもう寝る。せいぜい悩むことだな」
気分を害したのか、雪鶴は部屋の隅に行って長身の刀に戻った。
それからしばらく考えてみたものの、やっぱりわかる気がしない。
頭を抱えていると、キッチンから氷美の声が聞こえた。
「ちょっと零ー手伝ってくれないー?」
「・・・あーい・・・」
どうせやることもないし、素直に手伝うことにする。
その後も悩んだ結果、零はわからないので放置することにした。
悩め少年!




