Ⅴ.心④~麗音side~
「ふぁ…おはようございます、麗音さん。」
「はよ…。」
翌日、零と氷美はまた私の元へ来た。
朝六時である。
「早いわね。すごい眠そうじゃないのよ。」
苦笑して言うと、零が顔をしかめていった。
「朔さんが、今日のうちにもう帰るって…。」
あぁ、と私は一人納得する。
りうがすべて終わったことを、朔に伝えたのだろう。
…氷奈にも言われ、最後の締めは私がやることになった。
『ペンと紙、貸してくれない?』
氷奈がそう言った後、彼女はものすごい勢いで手紙を書いていた。
もちろん、氷美宛の。
霊体が物を持つことが出来るのには驚きだった。
途中笑いながら、涙をこぼしながら。
一生懸命彼女が書いた手紙は、紙一枚で終わった。
だけど、氷美たちから見れば、氷奈はもう死んだことになっている。
どうやってわたせばいいものか…。
「麗音さん?」
はっと我に返る。
なんだっていいか。わたせれば、それで。
説明すれば良いだけの話しだ。
「母上、俺たち…もう行かなきゃ…。」
「え?あぁーそうなの?」
「うん。ていうか二度寝したい。」
「どうでもいいわ。」
心底呆れた。
しかしよく見ると、零の目の下には隈がある。
もしかしたら昨夜仕事があったのかもしれない。
二度寝のためとは言わないが、早く渡してしまおう。
「…氷美ちゃん。」
「?はい。」
氷美が振り返る。
昨夜久しぶりに氷奈(霊体だが)にあったせいで、その仕草が氷奈と重なる。
すこし鼻の奥がつんとするが、今はそんなことを思っている場合じゃない!
「これ、あげるわ。」
紅いペンダント。なかには、氷奈の心。
「これ、は…?」
「ふふ、綺麗な紅でしょ。」
氷美は、その嫌いな紅を、じぃっと眺めていた。
「紅…だけど、なんか違う…。」
呟いた。
「なんか、違う?」
聞き返すと、氷美は頷いた。
「ちがうんです。なんか。なんて言えばいいか…わからないけど。すごい、優しい気がするんです。」
そう言い終わると、自分の言葉に納得したように、氷美は微笑んだ。
あぁ、彼女はわかるんだ。
氷奈が居ることを。
氷奈の想いを。
氷奈の…
氷奈の、氷美を想う、心が。
「なら、いいわ。私は何も説明しなくても良いわね。」
「え?」
怪訝そうに氷美が首を傾げる。
「ふふ、この氷美の暴走の理由よ。」
「え」
「は?」
氷美だけでなく、零も声を上げた。
「え、ちょっと待てよ母上。どういうこと?」
「これよめばわかるわよ、きっと。」
ほいっと手紙を渡す。
零は爆弾でも受け取ったかのように慌て、やがて氷美に渡した。
おもしろいやつだ。
くすくすと笑う。
「もう行きなさい、零。氷美も。」
氷美がすぐに手紙を開こうとしたから、やんわりと止めた。
ここでひらかれたら、私はたぶん泣いてしまうだろう。
昨日氷奈に会えただけで、あんなに嬉しかったのに。
氷美や零に会えるだけでも、すごい嬉しくて、泣きそうだったのに。
氷奈が手紙に書いたことはわからないけれど、だいたい予想はつく。
だから、いいやと思うのだ。
きっと、氷奈はまたひょっこり出てくるだろうなぁと思う。
出てこられてもそれはそれで困るけど…
「じゃぁ…さようなら、麗音さん」
氷美がきびすを返して歩き出す。
零も名残惜しそうな顔をしながら氷美を追いかける。
「えぇ。さよなら」
氷美の胸には、あの紅いペンダントがこれからきらめいているんだろう。
そのなかにいる氷奈は、まだ不安でいるかもしれないけれど。
きっと…きっと、彼女は。
「私と…同じだよね、氷奈」
いつまでも、いつまでも…娘を見守っていけるんだから。
もう二度と、暴走とかしないと思う。
「そうでしょ?」
空中に向かって、私は問いかける。
『そうかも、しれないね』
照れ隠しのような氷奈の声が、聞こえたような気がした。
足遅亀ごめんなさい…