Ⅴ.心③~麗音side~
そいつ―――氷奈は、しばらく黙った。
私も黙った。
あんなこと、本当は言いたくなかった。
きっと、氷奈はわかってる。
それでも、氷美が大切で、小さな頃にあんなことがあったからこそ、守りたいと思う。
もう二度と、あんなことがないように、守りたい。
氷奈はわかってる。わかってるよ。
『麗音…』
「…なに?」
今にも消え入りそうな声だった。
氷奈が何かを考えているときは、こうなる。
『守るって…何かな…?』
自分では守ってるつもりでも、それは相手にとって苦しみの元になったりする。
自分では守ってるつもりでも、それは自分にとってただの自己満足でしかないことがある。
守るって、なんだろうか?
「わかんないよ。私も、誰も…。」
誰も知らない。
やってみないとわからない。
守るってのは、自分と、相手の、考えが一致しないとどうにもならない。
『麗音…』
「…なに?」
氷奈はもう一つ、問うた。
『私、どうすればいいかな…?』
氷奈はきっと、私がなんて答えるかも知っている。
だけど、聞かずにはいられないんだろうな…。
「わかんないよ。私も、誰も…。」
さっきの問いと、同じように答えた。
『…麗音、真面目に聞いてるの?』
「きいてるし、考えてるよ。」
誰もわからないことは、世界に多すぎる。
だから人は間違え、すれ違う。
氷奈と氷美もそう。
氷奈の守りは、氷美が望んでいた守りではないのだ。
『どうしよ…』
「一つ、解決法教えてあげようか?」
『あるの?』
「…ないわけでは、ない。」
『…え、何その微妙な答え。』
ここへは月夜のメンバーが全員来ているそうだ。
近くとも言えないホテルにいる。
5人、全員。
彼女も来ている。
「りう。」
「…はい。」
私が呼ぶと、彼女は物陰から出てきた。
『え…』
氷奈が絶句している。
「あなたを…霊体を、物に移すの。」
氷奈は、りうの事を知らない。
月夜の鴉。
それ以外に。
私の、義理の娘である。
さて、りうの生い立ちを話そうか。
私が知っているのは途中からだが。
りうは私の家の前にいた。
雨降りの中、呆然とたたずむぼろぼろの少女。
その少女を家に入れ、体を洗ってやり、その途中で。
少女は聞いていないのに、しゃべり出した。
『わたしはうそつきなの』
『みんな、わたしのかぞくもうそつきなの』
『あのこがそういってた』
『うそつきはいなくなればいいって』
『おとうさんもおかあさんも、わたしのこときらいなの』
『だからわたし、もうかえらない』
『ひとりなの』
『わたし、ひとりなの』
感情のこもらない瞳で、淡々と。
でも、少女が嘘つきだと思えなかった。
感情のこもらない瞳だったけれど、涙をこぼしていた。
『私と一緒にいる?』
気付けばそうぽろりと口にしていた。
彼女はなんの反応も示さなかったけれど、問答無用で一緒にいることにした。
まぁ、そんな感じでりうは育っていき、中学生ほどになった頃。
『麗音さん…、私、どうすればいい…?』
嘘をつくことが、彼女の癖だった。
小さい頃から己を守るためについてきた嘘。
嘘を並べて、その嘘を守るためにさらに嘘を並べる。
嘘をつかないように、注意して過ごさせるのが一番良いことだと、知っていた。
だけど彼女は、できなかった。
気付かないうちに、嘘を並べていた。
自分が嫌になったりうに、私はよくわからない励まし方をしたのだった。
『それもまた、あなたの個性よ』
今思うと馬鹿だと思う。
それが、月夜・鴉になったきっかけであった。
彼女は、礼に私の頼みを一つ聞くと言った。
頼みなんて特にないし、私が好きでやったことだ。
でも彼女は強情で、
『頼み事を言ってくれないのならば、私は部屋に引きこもります。』
すこしピントのずれた言い方だったが、私はため息をつくしかなかった。
そこで、月夜に零という私の息子がいるから、生暖かい目で見守っていてちょうだい、と言ったのだった。
「りう、確か得意だったわね?」
『何が?』
「はい、霊体をものに移すことですよね。」
「そう、それ。これを…そうね。」
『これいうな!』
氷奈が叫ぶ。
余りよくわかっていないだろうけど。
「このペンダントにでも、入れてあげてちょうだい」
ポケットをあさって、一つのペンダントを取り出す。
紅い石がついた、シンプルなペンダント。
「これ…。」
氷美の嫌いな色だ。
だけど、紅は、氷奈が守っていた(いきすぎてはいたけれど)証拠だ。
これをきっかけにして、すこしは赤を好きになって貰いたいと思う。
「わかりました。じゃぁ…」
『待って!』
氷奈が声を上げた。
「何をするの?」
私が問うと、彼女は少し寂しげに微笑んだ。
『ペンと紙、貸してくれない?』