Ⅴ.心①~麗音side~
お久しぶりです。
もう何も言えません。申し訳なくて;;
かたん、と物音がした。
手で自分の武器をもてあそんでいた彼女は、ふと、顔を上げた。
懐かしい気配だ。
微笑みをうかべる。
あの子がきたんだとわかった。
あの子は、彼女と会うのは初めてって事になるのだろう。
彼女の親友の、娘。
緊張している気配が近づいてくる。
「…氷美?」
呼ぶと、ぴくりと立ち止まる。
「麗音、さん…?」
呼びかけられて、思わず涙が出そうになった。
もう何もうつすことのない、ガラス玉のような瞳から。
「母上。」
これまた懐かしい声だった。
「あら、零もきていたの?」
自分の息子の気配はわからなかった。
相変わらず気配を消すのが上手いと思う。
小さい頃はそうやってよく脅かされたような気がする。
『義賊は相手に気取られてはいけない』一番最初に教えたのが気配の消し方だった。
「え、ひど。」
「まぁいいじゃないの。お帰りなさい。」
零が帰ってきた。
それだけで心が躍る。
久しぶりだ。零と会うのも。
そして、氷美と会うのも。
「氷美ちゃんも、いらっしゃい。久しぶりっていうか、初めましてなのかね?」
「ひ、久しぶりです。」
「…そう固くならなくてもいいんじゃないか?氷美」
零が苦笑する。
「あれ、母上…。」
零がこっちを見て不思議そうな声を上げる。
「どしたの?」
返すと、急いで近寄ってくる音。
「目が、見えなくなったのか?」
麗音は、苦笑した。
いつの間にか、目が見えなくなっていた。
どうしてだろう。
首を傾げたが、まぁいいことにした。
もう現役引退した身だ。
それに、目が見えなくとも、今までの仕事でとぎすまされた気配を読む力がある。
目が見えなくなると、耳が敏感に働いてくれる。
どんなに小さな物音でも、とらえることが出来る耳。
気配を読む力。
その2つがあるおかげで、対して不自由もない。
目が見えていた当時とほとんど変わらない日々を、麗音は送っていた。
「だからね、大丈夫なんだって。」
説明して何度そういっても、零は不機嫌そうに睨んでくる。
なぜだ。何故こんなに頑固になったのだ。
冷や汗をかく。
「弱ったな…。」
ふう、とため息をつくと、麗音はお茶を作り始める。
もうだいたいどこに何があるのかを把握しているし、ものを取り落として、ということもない。
香りが広がるジャスミンティー。
零の好物である。
「母上。」
「なあに?」
「…好物出したぐらいではだまされないからな。」
「やだなー、だますなんてしないよ?」
そうやって笑う。
疑り深くなったものだ。
「氷美ちゃんはジャスミンティー好きー?」
聞くと、わずかな沈黙の後に言葉が返ってきた。
何やら麗音と零の会話に、呆然としていたようである。
「あっ、はい。好きですよ。」
「なら大丈夫ねー。」
零、氷美、そして自分の分。
お茶を作り終わり、それぞれの前に置くと本題に入る――――――はずだった。
「母上。」
「…零ー…しつこい…。」
零はまだ納得してくれていなかった。
心配してくれているのはわかる。
だけど、しつこすぎる。
「…わかった。大丈夫だって見せればいいんでしょ?」
「?どうするんだ?」
「こうするんだっ♪」
麗音は常に茶色のシンプルな腕輪を身につけている。
その中には、―――――――――――鋼糸。
キュインとおとがして、
「っと…!?」
零はぎりぎり鋼糸を鋼糸で跳ね返した。
「不意打ちなんてずるいぞ!?」
「だって零がしつこいんだもん。」
「母上キレてんの!?」
「べっつにー。」
実を言うとちょっとキレている。
しつこい。
氷美ちゃんもいるのに、早く本題に入りたいのに。
いらだちに目を細めると、さらに鋼糸を繰り出す。
「―――――――っやめてください!」
ぎん、と鋼糸以外の音が聞こえた。
氷美の刀――雪鶴に鋼糸を跳ね返されたとわかった。
「麗音さん!」
「はい!」
言われて背筋が伸びる。
「零はこういう人なんです!仕方ないんだからほっといてください!」
よくわからないが、まぁ…氷美ちゃんに手がつけられない。
「零!」
「はい!」
親子で同じ反応をしおって…。
「あんたもあんたでしつこすぎ!馬鹿じゃないの!?」
おおう…
驚いた。
氷美ちゃん、やっぱり氷奈にそっくりだった。
「わ、悪い。」
零が謝る。誰に?氷美ちゃんに。
「謝るんだったら私じゃなくて麗音さんでしょぉ!?」
氷美ちゃんが怒鳴る。
笑いをこらえるのに忙しくなってしまった。
「ごめんなさい…。」
零がまともに素直に謝るとは。
人に言われて謝るのは滅多にない。
麗音が言うと謝るが、氷美ちゃんでもそうなのか。
良い相棒が出来たものだ。
麗音はこっそり、微笑んだ。