Ⅳ.妖刀④~零side~
振り返った水色の瞳は、涙でじっとりと濡れていた。
それは、誰の涙か。
氷美のか、雪鶴のか。
「零。」
雪鶴に凛とした声で呼びかけられ、零ははっとする。
「続けよ。そのほうが良さそうだ。」
雪鶴が刀を構えた。
零も鋼糸を構え、ふと気付く。
(雪鶴の構えと、氷美の構えとが、違う…?)
氷美の構えは、相手の目にむけて持つ持ち方。中段の構え、または正眼の構えともいう。防御だろうと攻撃だろうとどちらともスムーズに移行しやすい。
対して今の雪鶴の構え、氷美の構えよりも上に向かっているような気がする。攻撃に移行しやすく、防御にはあまり向いていない構えだ。一瞬の勝負にすべてをかける、上段の構え。
前、氷美が暴走したときに見たのはこんな構えだったか?
疑問を持ちつつ、再開。
零の鋼糸は文字通り糸のようなものなので、上手く扱えば遠距離戦が可能である。
雪鶴の上段の構えに近づかないで攻撃することが出来るため、零は内心ほくそ笑んだ。
雪鶴もそれを思い出したのか、眉間にしわが寄る。
「この構えは間違いだったか…!」
つぶやきが聞こえた。
近づいた鋼糸をなぎ払うように雪鶴は刀を振る。
金属のこすれあう音がやけに大きく響いた。
バランスを崩す雪鶴に、零の鋼糸が襲いかかる。
地面に座り込んでしまった雪鶴は刀で防御しようと試みるが、正面からだけでなく、左からも鋼糸が来る。
舌打ちをし、観念したように目を伏せた。
零は直前で鋼糸を止め、疑問を口にした。
「お前、違うだろ?」
違う。
やってみてわかる、彼女が原因ではないと。
雪鶴は上段の構えの後は防御しかしていなかった――――否、防御しかできなかった。
付け焼き刃…零はこれでも数多く戦ってきており、そう感じた。
「雪鶴、お前は平気なふりをしていたが内心動揺していたな?」
妖刀の話をしたとき、雪鶴は言った。
『なんじゃ、もう我に関する話は終わりか?つまらぬの。』
「自覚がなかったから、じゃなくて…本当にわからなかったからだろう?」
零は雪鶴と目を合わせた。
水色の瞳。
見えなかったあの時、困惑が入り交じっていたんだろう。
…わからない。じぶんのせい?知らない、我は何もしていない…
そのすべてを押し込んで、雪鶴は謝らなければいけないなと言った。
無意識のうちにやっているのかもしれない、わからなかったから。
「…わからぬのだ。我は違う。ただ人型になれるだけだ。氷美の身体を乗っ取ったことなどない。」
雪鶴は言う。
「じゃぁ、今は?」
「…わからぬ。何かに強く腕を引かれた感じがして…気付いたら、「氷美」になっていた。初めてだ、こんな事。わからぬ…。」
雪鶴は顔を上げずに言う。
「…強く腕を引かれた、か…。」
零は一瞬考え、雪鶴の腕を引いてたたせた。
「わ…っ」
「こんな感じか?」
いたずらっぽく笑うと、雪鶴は憤慨したように言う。
「突然すぎる!もうちょっと何かないのか?」
「その突然すぎるところも含めて、こんな感じか?」
「………………………知らぬ。」
沈黙の後顔を背けた雪鶴を見て、図星なんだな、と思う。
笑いがあふれくすくすと笑っていると、雪鶴の膝がかくんと折れた。
「お!いっ…」
慌てて抱き止めると雪鶴は唸って目を開けた。
水色から、焦げ茶に変わっている。
「氷美、か…。」
「ぅあ…?零?」
雪鶴、ではなく氷美はまぶしそうに目を細め、首を傾げた。
「どう…なったの?」
「覚えてないか?」
「そういうわけじゃ、ないんだけどー…視界が遠くなって、その遠いところから見てた感じ。声はすっごくちいさくしかきこえなかったから、わかんなかったんだけど…?」
そこで言葉を切り、氷美は頭を抱えた。
「?どした?」
零が問うと、氷美は訝しげに眉を寄せつつ、言った。
「視界が遠くなる前、誰かに呼ばれた気がしたの。それで…その声、懐かしい、気がしたんだ…。」
零は目を伏せた。
あの人に会いに行けば、何かがわかるかもしれないと、確信した。