Ⅳ.妖刀②
ごん
そんな鈍い音が自分の頭から響いたとは思えなかった。
しかし、音と同じく鈍い痛みが証拠である。
急に開いた扉に頭をぶつけたのだ。
痛い。真面目に超痛い。
「ひ、氷美…大丈夫か?」
そう心配そうに問うのは零である。
「大丈夫かって、あんたねぇ…!」
なにをかくそう、
「私をこんな目に遭わせたのはあんたでしょう!?」
顔を上げて涙目で叫ぶと零は数歩後退った。
「わ、わざとじゃねーよ!偶然!偶然だから!」
偶然。
確かに間違ってはいないのだが、ものすごく勢いよく開いたのだ。
信じがたい。
「氷美。」
再度口を開いて怒鳴ろうとしたとき、朔の苦笑が混じった声が聞こえた。
「朔、さん…。」
朔はいつもと変わらない笑顔を浮かべている。
怒っていないのか。
あんなことを言って、でていったのに。
こんな風にノコノコ帰ってきて、怒っていないのか。
「大丈夫だから。僕はまだ何も言っていないよ?」
何も言っていないと言うところが朔だと思う。
怒っていないというのではなく。
「はぁ………………。」
信じがたい。
「僕は怒ってないよ?」
僕は。
「雪鶴…。」
部屋を見渡したが、姿が見えない。
どこに行ったんだろう…。
氷美がそう思ったときだった。
「…なんじゃ。」
普通に雪鶴の声が聞こえた。
驚いて顔を上げる。
もう一度見渡してみたけれど、姿は見えなかった。
どこにいるんだ。
朔がため息をついて、言った。
「雪鶴も、反省してるんだよ。」
「なっ、朔!我がいつ反省しているなどと言ったか!」
慌てたような声。
同時に、ごん、という音も聞こえた。
「~っ!」
もだえる声も。
何処かにぶつけたんだな、と思った。
そして、その音の発信源はタンスの中。
無言でつかつかとタンスに歩み寄り、開ける。
「………………」
「………………」
中にいた雪鶴と、タンスを開けた氷美の目が合う。
沈黙が降りた。
萌黄も、零も、声を出さない。
朔に至っては窓から空を見上げている。
三人とも気配を消そうとしていた。
氷美は無表情で雪鶴を見つめる。
雪鶴が息を呑む。
「氷美………………?」
雪鶴が沈黙に耐えかねてそう声をかけたとたん、氷美の顔がゆがんだ。
「雪鶴……!」
衝動に駆られてといった感じで、雪鶴を抱きしめる。
「ごめん……ごめんね雪鶴…!」
驚いた雪鶴が氷美の顔を覗き込むと、瞳が涙で濡れていた。
ごめんと何度も口にしている。
「…我も…悪かった…。だから、泣くでない。」
そう言って雪鶴がぎこちなく氷美のせをなでる。
それでも泣きやまない氷美に、雪鶴が言った。
「泣くでない…我にも、うつってしまうではないか…!」
水色の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
結果的に、氷美と雪鶴との二人で泣き続けた。
朔は良かったと微笑み、
萌黄は氷美に自分以外の人が着いているのに少し不機嫌になり、
零は苦笑するしかなかった。
まだ、解決とは行かない。
まだ、道は長い。
ふう。