*雪鶴語り〔過去④〕*
「…………ふーん…………」
麗音は郵便受けの中に入っていた黒い便せんを見て涼やかに微笑した。
こんな不吉な手紙、一つしか考えられない。
「弓弦!招待状よ!」
「あ?招待状だ?」
弓弦がめんどくさそうにやってきた。
頬のあたりに何かの跡がついているところを見ると、どうやら寝起きらしい。
黒い便せんを見たとたん、弓弦の瞳が険しく細められる。
「まーだ準備の途中だってのに…気がはえぇな、あいつら。」
苦笑する。
弓弦の言った通りだ。
まだ、零も朔もちゃんとした動きさえできない。
これは、ベテランが行くしかないかもしれない。
* * * * * * * * * * * * *
「零!朔!」
「ははうえ…なにかあったの?」
零はいつのまにか麗音よりも早起きになり、下手すると日の出の前から朔をたたき起こして修行している。
朔には迷惑をかけていると思うが、仕方ないと諦めているのかちゃんと付き合ってくれている。
大丈夫か聞いてみたところ、「彼も月夜の一人なので」と返された。
目の下の隈がとても目立っていたから、ありがとうとしか言えなかったけど。
「ね、零。もし氷美を助けに行くときに留守番するとしたら、」
「いやだ。」
まだ何も聞いていないというのに。
麗音はほとほとと呆れた。
この頑固さは誰に似たんだろう。
「零くん。それでも、できないっていうことはあるんだよ?」
朔が笑顔で諭す。
最近、朔はこうやって零を笑顔で諭すこととかが多くなったせいか、笑顔に凄みが増した気がする。
麗音や弓弦よりは凄みが足りないが、さらにメンバーが増えていくうちに成長するだろう。
「できないことがある…しってるけどさ。できないことなんて、いつかなくせるとおもうんだ。」
子供は純粋だ。
麗音の顔に黒笑が浮かぶ。
純粋で、頑固で。
話が進まないじゃないか。
つい、麗音はいらだってしまった。
「ねぇ、零?」
「…は、ははうえ?」
麗音の異変に、零が怯えるように声をかける。
朔よりも凄みのある笑顔で、零の瞳に「恐怖」がありありと浮かんだ。
「できないことをなくす?へぇ~、そこまで言うんなら強くなったのよね?私とやって勝てるのよね?」
勝てるわけがない。
強くなった…微妙だ。鋼糸という物に、この間初めてふれたばっかりだ。
「ごごごごめんなさい……………………」
零は瞬時に理解した。
麗音だって、氷美を助けたい気持ちは一緒なのだ。
自分が強くなるのを待っていたら、年越しが三回ぐらい体験できそうだ。
人間死ぬ気になれば何でもできるとはいえ、無理がありすぎると言うことが身にしみてわかった。
と、いうわけで。
「兄さんと、麗音さんとで行くと?」
朔が胡乱気にそう言った。
「そうだ。なんか意見でもあるか?」
偉そうに腕を組んだ弓弦が問う。
「意見というか…僕も行っていいんじゃないですか!?」
朔が声をわずかに荒げた。
僕、と自分のことを言うのは初めて聞いた。
いつもは私といっていたけれど、こっちが素ということか。
「お前もまだ未熟だろ。足手まといだ。来るな来るな!」
しっしっと追い払う仕草をする弓弦。
もっと嫌そうな顔をする朔。
「来るなって言われたって…」
「平気だ。雪鶴もいるしなー」
「そういう問題じゃないでしょう!多くの人がいると想定できます。そこに2人で行くなど、死に行くようなものではないですか!」
「―――うるせえよ。」
朔がはっとしたように口をつぐむ。
一瞬だけの、弓弦の本当の感情。そして、殺気。
朔が言いすぎたことを自覚して唇をかみしめると、弓弦は元に戻ったように笑った。
「平気だよ。そう簡単に負けないさ。」
でも、と言いたいような目をしている朔の額にデコピンをして、弓弦は側に置いてあった太刀を手にした。
「俺らがいないことを見越して、敵さんはこっちに刺客を送り込んでくるかもしれねぇだろ。」
太刀を持っていない方の手で朔の頭をくしゃりとなでる。
照れくさそうに頭を押さえる朔を見て、弓弦は可愛いやつだなぁと思った。本人には言わないけれど。
「ありがとな、朔。」
「は?」
突然の感謝の言葉に朔が目を瞠る。
「心配してくれて、だよ。」
麗音が付け足した。
弓弦がきびすを返し、麗音も続く。
「かえってくるの、まってるからな!」
朔の足下にいる零が叫ぶのを聞いて、弓弦が片手をあげた。
* * * * * * * * * * * * *
一ヶ月くらいたって、零の手に鋼糸がなじんできた頃。
早朝。
もやの中に、着物を着た少女が見えた。
その隣には、右足を引きずるようにして歩いている女性。
その女性の腕には、零と同じぐらいの少女が抱きかかえられている。
朔と零は、その三人―――――雪鶴、麗音、そして氷美を見て、涙をこぼさんばかりに喜んだ。
記憶を失った氷美でも、氷美は氷美で。
ぼろぼろになって、さらに右足に怪我を負った麗音。
白と水色を混ぜたような着物…雪鶴の自慢の着物は、すこしだけ赤茶色のシミがあった。
こんな汚れすぐ落ちる、と笑った雪鶴の目は、潤んでいたように思える。
でもその喜びが過ぎた後には、静かな疑問が浮かぶ。
ただ一人、弓弦だけは帰ってこなかったのだ。
雪鶴語り編、これで終わりとなります!