ないないない運命
―――真葉音(語り)
わたしは、昼にだんご汁を食べながら、今夜食べるもののことを考える女だ。
和尚さまは相変わらず、おかしなことを言っていたけれど、そんな言葉は、湯気と一緒にすぐ流れていった。
そのとき、わたしの頭に浮かんでいたのは、
巡府に勤めていた頃、仕事帰りに必ず立ち寄っていた、あのだんご汁のこと。
あの店の、少し味が濃くて、でも不思議と落ち着く味。
本宮のだんご汁とは違う。
でも、疲れた夜には、あの味が恋しくなる。
運命より先に、
わたしは今日の夕食のことで、頭がいっぱいだった。
湯気の香りは、いつだって、未来より現実に強い。
―――常連の食処に到着。
「こんばんは~」
「あら、真葉音ちゃん久しぶり~。おい、真葉音ちゃん来たよ」
店主が、いつも通り大げさに声を張り上げる。
「あらー、真葉音ちゃん、おかえりなさい」
店母の笑顔も、変わらず温かい。
ここはもう、実家みたいな場所だった。
「いつものでいい?」
「はい、お願いします」
―――真葉音(語り)
わたしは夜に頼んだだんご汁を待ちながら、昼に食べた烈火刀削麺を思い返していた。
初めての豊彩楼。初めての烈火刀削麺。
あのときの熱が、まだ舌の奥に残っている。
本くんが、流れるような所作で器を交換してくれたこと。
膳を両手に運ぶ、その背中。
そのとき見た景色が、ふっと頭に浮かぶ。
そして次に、和尚さまの声が耳の奥で響いた。
「運命の人だね」
「・・・いやあ、ないないないない・・・」
独り言で返すと、店母がちょうどそのタイミングで椀を置いた。
「はい、だんご汁」
―――店の戸が開く音。
「あ、おかえり~(厨房に向かって)だんご汁一つ~」
「はーい」
店母が注文を確認せずに声をかけるのは、常連である私だけの特権だった。
「ただいま」
聞き覚えのある声が、カウンターに届いた。
「え!」
目を向けると、本くんが立っている。
「本くんも常連だったの?」
「いや、ここ、俺の実家」
――胸の奥に、昼の運命と夜の帰る場所が、同時にじんわりと広がった。
「え!!!」
店母が目を細める。
「あら、知り合いだったの?」
「同門」
「まあ、すごい運命ね!」
真葉音・本:「ないないないない・・・」
―――真葉音(語り)
私は朝も昼も夜も、湯気の立つものを食べながら、
運命みたいな出会いを妄想する女。
運命って、どこか遠くで起きるものじゃなくて、
気づかないうちに、隣に座っているものなのかもしれない。
なんて、ないないないない・・・。




