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天速渡線 十五分、だんご汁の冷めない距離で。


―――十二節一日。早朝。


巡府の町は、うっすらと雪化粧をしていた。

空気は澄み、吐く息が白くほどける。


真葉音は、いつになく震える手で始発を待っていた。


今日。

この日の発表で、私の人生が決まる。


本宮へ行き、華やかな行事運営の最前線に立つのか。

それとも、あの夢で見たように――


霊魂残影のまま、倉庫で時間を積み重ねていくのか。


・・・それは、ない。


そう思いたかった。


ホームの端で、見慣れた背中を見つける。


「・・・本くん、早いね」


「あ、真葉音ちゃん」


本は少し間を置いて、照れたように笑った。


「今日は、さすがに寝付けなくてさ」


そう言って、本は天速渡線のワイヤーを見上げる。

その横顔は、ほんの少しだけ、寂しそうだった。


始発の到着を告げる音が、静かな朝に響く。

運命は、もう動き出していた。


―――巡府の掲示板前には、発表の魔導パネルをひと目見ようと、人だかりができていた。


「おいおいおいおいおい!」


叫び声を上げながら走り去っていく口くんの背中が、人波の向こうに一瞬だけ見える。何が書かれていたのか、聞かなくてもだいたい察しはついた。


「・・・真葉音、行くわよ」


和尚さまが静かに声をかけ、私の背中をぽん、と軽く叩く。その拍子に、胸の奥で固まっていた緊張が少しだけほどけた。


発表の魔導パネルが、低い唸り音とともに淡く光り始める。文字はすぐには現れず、もったいぶるように、ゆっくりと宙に浮かび上がった。


【行事運営局・正式配属先一覧】


視線を滑らせる間もなく、私は自分の名前を探していた。


普現寺 和尚 ・・・ 本宮・行事運営第一課

刀 真葉音 ・・・ 本宮・行事運営第一課


「・・・やった」


声が、思ったよりも小さく漏れた。


「・・・本宮、本宮だ・・・!」


隣で和尚さまが「よしっ」と小さく拳を握る。その仕草を見て、ようやく実感が追いついてきた。喜びが胸の奥で膨らみすぎて、今にも弾けそうになる。


私は思わず、視線を巡らせた。少し離れた場所に立つ、本くんの姿を探して。


本くんは、パネルの前で静かに立ち尽くしていた。感情の読めない横顔で、自分の名前の行をじっと見つめている。


【行事運営局・正式配属先一覧】

井 本 ・・・ 巡府


希望通りだ。彼は巡府に残った。倉庫ではなく、巡府の本部。間違いなく、望んでいた場所。


――この町が好きだから。


あの日、彼がそう言った声が、ふいに耳の奥で蘇る。喜ばしいはずの結果なのに、胸の奥に、理由のわからない違和感が生まれた。小さくて、冷たい隙間風が、心のどこかをすうっと吹き抜ける。


「・・・真葉音、行こう」


和尚さまが、少しだけ声を落として言う。


「本宮への引越し準備、今日から始めなきゃなんだから」


私は、もう一度だけ本くんの背中を見てから、うなずいた。


「・・・うん」


足を踏み出すと、掲示板の光は、もう背後に遠ざかっていた。


私は、振り返りそうになる首を必死で押さえつけ、そのまま倉庫のシャッターへと向かった。あの掲示板を、あの背中を、これ以上見てしまったら、何かが崩れてしまいそうだったから。


―――その日の夕暮れ。


本宮への異動が決まった職員には、すでに「天速渡線」の定期券が配られていた。


控えの間はひっそりと静まり返り、外の喧騒が嘘のようだった。


真葉音は、ひとり椅子に腰かけ、掌の上に載せた銀色のカードをじっと見つめていた。冷たいはずの金属が、なぜか体温を帯びているように感じられる。


「・・・おめでとう。真葉音ちゃん」


不意に背後から声をかけられ、真葉音は思わず飛び上がった。振り返ると、そこにいたのは本くんだった。いつも通り、少し眠たげな目をして立っている。


「あ、ありがとう・・・。本くんも、希望通りで、よかったね」


そう言うと、本くんは小さくうなずいた。


「うん。・・・でもさ」


彼は真葉音の隣に腰を下ろし、魔導通信鏡を取り出して操作しはじめる。


画面に映し出されたのは、あの日ふたりで見た

【孟宗だんご汁 名膳巡行】のページだった。


「巡府から本宮まで、天速渡線で十五分なんだよね」


「・・・え?」


「だからさ。本宮の社食のだんご汁に飽きたら、いつでも巡府に来なよ。案内するから。・・・いや、案内させろっていうか」


言い終わるころには、本くんの耳が、ほんのりと赤くなっていた。


「・・・十五分。そう、だよね。巡行たびってほど、遠くないもんね」


「そう。・・・だから、これは『さよなら』じゃないよ」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に吹いていた冷たい隙間風が、ふっと消えた気がした。代わりに、湯気の立つ椀のような温もりが、ゆっくりと満ちていく。


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