だんご汁の哲学と、歪んだ時空
―――昼膳(豊彩楼)―――
真葉音、倉庫に隣接した控えの間で、和尚を待ちながら魔導通信鏡を眺めている。
鏡の縁に淡い緑の光が走る。
画面に映る椀から、湯気が静かに立ちのぼる。
――孟宗だんご汁。
画面・・・
「豊後巡り 孟宗だんご汁 名膳巡行」
―――足音。
和尚、入ってくる。
和尚:「はい、中祐の作品解説集。読むようにって(ニヤニヤ)」
―――2冊のうち1冊を差し出す。
真葉音:「もちろん読むさー(ニヤニヤ)」
真葉音・和尚:「最高~」
―――声が重なった瞬間、周囲の気配に気づく
真葉音:(小声で)「・・・もう、今日の昼膳の刻は黙読ね!」
和尚:「そうね、各々読書タイムにしよう」
―――数秒、紙をめくる音。
真葉音:「『聞いて~、推しの演出が尊いの』とかナシだからね!」
和尚:「『聞いて~、気になるだんご汁の店があるんだけど~』もナシだからね!」
真葉音:「・・・あ」
「今日、だんご汁だった。本読みながらは無理かも」
和尚:「また!?」
真葉音:「飽きるわけないじゃん!疲労回復には、この“もっちり”が必要なの!」
和尚:「入庫量に関係なく食べるくせに」
「でも飯箱でだんご汁持って来る人、見たことない」
―――ふっと、笑いをこらえる気配。
―――井本、登場。
井本:「何か、いつもだんご汁の話してるね~」
―――通りすがりに声をかけ、二席空けた隣に腰を下ろす。
和尚:「真葉音がだんご汁溺愛すぎて」
井本:(首を傾け)「だんご汁が恋人?」
和尚:「だんご汁は同志ってとこかな?彼氏は絶賛募集中だよね~」
真葉音:(キョロキョロ周りを見渡し、恥ずかしそうに)
「ちょっとー・・・彼なら、出来ます!」
和尚・井本:「で、出来ます?」
―――顔を見合わせる。
―――真葉音、慌てて魔導通信鏡を操作する。
真葉音:「じゃーーーん!」
画面・・・
「豊後巡り 孟宗だんご汁 名膳巡行」
―――井本、無言で一席詰め、画面を覗き込む。
井本:「・・・計画は、もう出来てるんだ」
和尚:「え?え?彼氏と行くの?」
真葉音:「彼氏が出来るんです!」
和尚:「あー、はいはい。
本くん、もう中祐本もらった?」
本:「もらえた」
和尚:(真葉音に向かって)
「わたしたち、読書タイム入るから!」
真葉音:「もー、待って!
わたしと彼氏の出会い、聞きたくないの?」
本:「・・・時空、歪んでない?」
真葉音:「わたしには、
理想の運命の出会い方がありま~す!」
本:「そこにも理想があるんだ・・・」
和尚:「そこが原因で、幸せ遠のいてないといいけど・・・」
真葉音:「わたしの理想の運命の出会いはね、連珠式配膳で、列がぐちゃってなって、同時に注文して――」
和尚:「はいはい。図書館で同じ本に手が触れるやつの、だんご汁版ね」
本:「・・・ほんとだ。幸せを遠のけてる」
真葉音:「ちょっと~!出発は明日なんだから、そんな現実的なこと言ってられるのも今日が最後だからね!」
和尚:「強気だなあ」
本:「無謀だなあ」
真葉音:「だから!運命が訪れたときの対処法、一緒に考えてよ!」
和尚:「仕方ないな~」
――理想の運命の出会い――
わたしの名前は、刀真葉音。
大好きな孟宗だんご汁を食べるために、豊後の町へやって来た。
だんご汁の魅力は、まず食感だ。
外はもっちりしていて、噛むとゆっくりほどける。
急がせないのに、ちゃんと満たしてくる感じ。
どんこと根菜の旨味を吸い込んで、
一口ごとに、少しずつ違う味になる。
同じ一杯のはずなのに、
どこを食べても同じじゃない。
それって、ちょっと不思議で、
ちょっと安心する。
具は、迷わず全部盛り。
大根も、ごぼうも、にんじんも、
どんこも、全部ちゃんと入ってるやつ。
削らないほうが、絶対にいい。
だって、だんご汁って、
「いろんなものが同時に入ってる状態」そのものだから。
疲れてる日も、
ちょっと元気な日も、
同じように受け止めてくれる。
だから私は思う。
同じものを選ぶ人って、
きっとどこか似てる。
味の好みとか、
疲れ方とか、
その日の気分とか。
全部は分からなくても、
“これを食べたい”って思った瞬間だけは、
同じところに立ってる。
だから――
同時に、同じものを選ぶ瞬間って、
運命だと思うの。
――そこまで語ったところで、横から鋭い声が飛んできた。
和尚:「いい、いい、そういうのはいいから」
「理想の運命の出会いを教えてよ」
真葉音:「だんご汁の魅力を語らずして――」
和尚:「またか」
――それを見て、本が声を上げて笑った。
本:「最高のコンビだな」
――真葉音、身を乗り出す。
真葉音:「いい?」
「お店に入ると、もう人気店でごった返しているの。
配膳の人が『列を詰めてくださーい!』って声を張り上げてて、順番も曖昧になってくる」
「その一瞬の混乱の中で――」
「運命のふたりが、同時に“きた”って思うの」
「そして、同時に口にする」
「――孟宗だんご汁、って」
――次の瞬間。
和尚:「だんご汁なんかい」
本:「・・・いやまあ、そこはそうだろ」
――真葉音、どこか飄々。
和尚:(一瞥して)
「思想は全部盛り、現実も全部盛り」
「理想と注文、一致しすぎてて怖いわ」
本:「むしろ現実寄りだな」
――真葉音、気にしない。
真葉音:「やり直し!」
「同時に――」
「特盛だんご汁、具増し」
(わざとらしく声色を変えて)
「あっ、同じ」
和尚:「同じじゃないのよ」
本:「名膳巡りする人ほど、特盛頼まない気がする」
真葉音:「でも運命なら、そこ超えてくるでしょ」
和尚:「超えないよ」
「運命は量に挑みません」
真葉音:「運命だから!」
本:「夢見がちだな・・・」
それでも真葉音は、また男性の声を演じる。
「偶然ですね。僕も特盛だんご汁、具増しが好きなんです。
具の旨味が重なってくるというか」
和尚は頭を抱えた。
和尚:「崩れてるって。だんご汁を敬いすぎて、具をずらっと並べてるけど・・・主役、完全に埋もれてるから」
「それ、もうだんご汁じゃなくて、立派な御膳よ」
真葉音は、また声色を変えた。
今度は少し控えめで、どこか誠実そうな男性の声だった。
「あ、あの・・・実は、真葉音さんが考えてた“運命の出会い”の話。
ちょっと前に聞いたことがあって・・・気づいたら、後ろに並んでました」
本が即座に首をかしげる。
本:「誰?」
和尚は腕を組み、呆れ顔のまま天井を見上げた。
和尚:「すごいわ。妄想大暴走」
刀 真葉音。
本は淡々と名前を口にする。
本:「苗字に“だんご”も“汁”も入ってないのに、ここまで溺愛に育つとは」
真葉音は、まだ妄想から戻らない。
男性の声色のまま、きょとんと首を傾げる。
「刀真葉音?」
そして、並んでいる列の後方を眺める仕草をする。
「近所に住んでた、だんごくん?」
「そう。僕、団吾。今はこっちでだんご汁の店をやってるんだ」
「え!」
真葉音は素に戻り、目を輝かせた。
「団吾くんのお店にも行きたい!」
本は静かに結論づける。
本:「だんご汁屋に、嫁ごうとしてる」
和尚は現実を突きつける。
和尚:「これ、近所に団吾くんって人が実在して、しかも今、だんご汁の店やってないと成立しないけど・・・大丈夫?」
それでも真葉音は止まらない。
再び男性の声色になる。
「真葉音ちゃん。ずっと、具みたいに素朴な君を探してたんだ」
和尚が即座に切り返す。
和尚:「具に例えるな!」
本は冷静さを保ったまま、別の角度から刺す。
本:「そのだんご汁、どうやって運んだの?」
そんな現実的な問いも、真葉音の耳には届かない。
彼女は胸に手を当て、小さく息を吸った。
「どの運命が、待ってるんだろ」
和尚は、わざとらしく冷めた声で告げる。
和尚:「小休、終わるから戻るよ~」
その一言で、妄想はぷつりと途切れた。
―――休日明け。
控えの間の空気が、少しだけ現実の重さを取り戻していた。
けれど真葉音の胸の奥では、まだ湯気と、ありもしない運命が、あたたかく揺れている。
「お疲れ~」
本が軽く手を上げる。
「お疲れ~」
和尚も続く。
本は首を傾げた。
「あれ? 真葉音ちゃん、どうした?」
和尚は即答した。
「豊後巡りから帰って、霊魂残影になりました」
「あ、豊後巡りといえば・・・」と本が思い出したように言うと、
和尚が被せる。
「出会い。運命の出会いだったよね」
「うんうん」
本は笑いながら頷く。
「休日の間、真葉音ちゃん今ごろ出会ってるかなって気になってさ。
だんご汁、食べてたよ」
「食べてる側かーい!」
笑い声が二つ重なり、控えの間に弾んだ。
――一人、足りない。
本が少し声のトーンを落とす。
「それで・・・どうだったの?」
和尚が肩をすくめる。
「腹痛と運命の出会いを果たしたらしいよ。具増ししちゃったんだって」
「やるねー、さすが真葉音ちゃん!」
本は言いかけて、はっとする。
「あっ、ごめん・・・」
「霊魂残影のうちは、気遣ってあげて」
和尚の声に促されるように、真葉音は顔を上げた。
その表情は、さっきまでの飄々としたものとは違って、妙に神妙だった。
「・・・友だちのお母さんがね」
唐突な切り出しに、二人は黙る。
「入庁して、わずか一節で職を辞したことがあるんだって。
入庁して一年間は巡府勤務って聞いて、務めてたらしいんだけど・・・」
真葉音は、言葉を選ぶようにゆっくり続けた。
「巡府に、同じ条件で入庁した先輩が何人もいて。
みんな『一年間って聞いてたんだけど、まだなの』って・・・何年も、そう言ってるんだって」
控えの間が、しんと静まる。
本は小さく息を吐き、苦笑した。
本:「いきなり話し出したと思ったら・・・巡府の霊魂残影の話だった」
笑いに戻そうとする声だった。
けれど真葉音の胸の奥に残った不安は、まだ完全には消えていない。
湯気の向こう側で、
倉庫の時間が、静かに、重く、積もっていく気配がした。




