第六話 鋼鉄の軍神、あるいは全能の蹂躙
神殿都市エリュシオンが累の私有地となってから、わずか三時間。
次なる標的は、北大陸を支配する軍事大国「バハムート帝国」だった。
この国は魔法と機械を融合させた「魔導技術」において世界最高峰を誇り、数千の魔導戦車と、空飛ぶ鉄の軍艦を保有する、この世界最強の武力集団である。
「累様、前方より大規模な熱源反応。帝国軍の魔導艦隊です。その数、およそ三百。彼らはエリュシオンの異変を察知し、迎撃態勢を整えたようです」
累の傍らに浮遊するブリュンヒルデが淡々と報告する。
空の彼方、雲を切り裂いて現れたのは、巨大な主砲を備えた鋼鉄の浮遊戦艦群だった。
「『神殺しの鉄槌』か。面白い、少しは骨がありそうだ」
累は空中に生成した漆黒の玉座に深く腰掛けた。
すると、帝国艦隊の旗艦から、空を震わせるほどの怒号が魔法で増幅されて響いてきた。
『警告する! 我らはバハムート帝国、第一空挺艦隊である! 聖地を汚し、神を自称する不届き者よ。我が帝国の「科学の光」の前に跪け! 全艦、魔導収束砲――放てぇ!』
次の瞬間、三百の艦船から放たれた極太の熱線が、空を焼き払いながら累へと集中した。一撃で山脈を消滅させるほどの破壊エネルギー。
だが、累は退屈そうに指を弾いた。
「【物理定数変更】:可燃性」
累の周囲に到達したはずの破壊光線は、彼の「意志」によって一瞬で「ただの可燃性ガス」へと定義を書き換えられた。
爆発も衝撃もなく、莫大なエネルギーは無害な気体となって霧散していく。
『な……!? 攻撃が消えただと!? 物理法則を無視しているというのか!』
「物理法則? ああ、そんなもの(・・・・)に縛られているからお前たちは弱いんだ」
累は立ち上がり、右手を軽く前方に突き出した。
彼が召喚したのは、この世界の魔法ではない。彼がかつて支配した地球の「記憶」から引き出した、最先端の兵器概念だ。
「【軍備模倣】:無人ステルス爆撃機・大質量投下」
累の背後の空間が歪み、地球上の最新鋭ステルス機をさらに全能の力で強化した「漆黒の爆撃機」が数万機、虚空から実体化した。
それらは、魔力ではなく「累の意志」で駆動する、この世界の理を超越した死の鳥たちだ。
「行け。俺の領土を汚すゴミを掃除しろ」
累の号令と共に、数万の爆撃機が音速の壁を突破し、帝国艦隊へと襲いかかった。
帝国軍は必死の防空魔法を展開するが、累の爆撃機が投下したのは爆弾ではない。
「【質量操作】:極小ブラックホール(中性子星弾)」
投下された弾丸が艦船に触れた瞬間、周囲の空間が猛烈な勢いで収縮を始めた。
鉄の艦体が紙屑のように丸められ、絶叫を上げる兵士たちと共に、一点の虚無へと飲み込まれていく。
爆発すら許されない。ただ「そこから存在が削り取られる」という、絶対的な消滅。
『ぎゃああああ! 艦が……艦が吸い込まれる!』
『化け物だ……! 神などではない、これは……!』
わずか一分。
世界最強を誇ったバハムート帝国の誇る空挺艦隊は、一隻の残骸も残さず、空から消し飛ばされた。
「さて、次は本丸だ」
累は一瞬で帝国の首都「鋼鉄城ガンドア」の上空へと転移した。
地上では、愛する家族や平和な暮らしを守ろうと、数万の兵士が銃を構え、魔導バリアを展開して累を見上げている。
「お前たちの覚悟は称えてやろう。だが、俺が必要なのは『兵士』ではなく『奴隷』だ」
累は都市の巨大な歯車仕掛けの時計塔を見下ろし、掌を広げた。
「【支配の波動】」
累から放たれた漆黒の波動が、首都の隅々まで、壁を透過して浸透していく。
銃を構えていた兵士の瞳から光が消え、逃げ惑っていた市民たちがピタリと足を止める。
次の瞬間、数十万の人間が一斉に、軍隊のような精密さで累に向かって深く首を垂れた。
『……我らが主、天ケ瀬累様に全能の栄光を』
感情を剥ぎ取られた、冷徹なまでの忠誠の合唱。
累の「全能権限」は、彼らの自我を上書きし、累という絶対の太陽を中心に回る「部品」へと改造したのだ。
「累様、バハムート帝国皇帝、および政府閣僚の精神汚染完了しました。現在、全産業ラインを累様のための『異界侵攻軍』の増産体制に移行させています」
「いいぞ。この世界の資源をすべて使い潰してでも、俺の軍勢を整えろ」
累は眼下に広がる、もはや自分の「道具」となった都市を眺め、冷酷に微笑む。
北の大帝国は、戦う暇もなく、天ケ瀬累という神の「兵器工場」へと変貌した。
「次は西の連合王国、そして南の魔王領か。……急ごうか、ヒルデ。この惑星の支配なんて、ただの準備運動に過ぎないんだからな」
全能者の歩みは止まらない。
一国の滅亡は、彼にとってただのページをめくる行為に過ぎなかった。




