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【超短編小説】ハッピー春モーニング

掲載日:2025/12/20

 充電ケーブルに繋がったままのスマートフォンが震え続けている。

 電話とSMSが交互に着信を知らせているが俺は応える気が無い。


 だってそうだろう、外はこんなにも晴れ渡っている。


 それに嘘っぽい青色をした空は、まるで食紅を溶かしたみたいで心地よい。こんな日に働こうなんて言う方がどうかしている。

 だから、職場からの電話にだって出る必要がないんだ。


 窓を開け放つとレースカーテンはまるで、薄暗い部屋に現れた白いオーロラのように見えた。

 人生の極北だな、と呟いて寝間着のズボンを脱ぐ。

 そうしてからベッドの上に香箱座りになり、太陽に尻の穴を向けてから煙草に火をつけた。

 最初は風に吹かれて冷えそうだった俺のハイライトが、春の太陽に照らされてじんわりと温まる。

 俺はうっとりとした気持ちで短い希望を吸い込む。


 少しすると、開け放った窓から部屋の下を通る学生たちの嬌声が聞こえてきた。

 新年度!新生活!シンなんとか!

 俺の擦り減った新年度生活とは違って、どこまでも綺麗で糊の効いたシャツみたいに美しい未来があると思っているんだろう。

 

 だからその頭上では仕事を無駄欠勤して職場からの連絡を無視した中年男性が太陽に向かって尻の穴を向けているなんて思わないだろう?

 残念だが世界はそんなものだ。

 君たちが期待しているほど明るくも美しくも無い。


 白いオーロラに巻かれて紫色の煙が消えていくのを眺めていたが、不意に俺は

「いいかい、ぼくが君たちとセックスする事はない。ぼくの願いは叶えられない。そこには祈りの積み重ねが無いからだ」

 と叫んだ。

 だがその叫び声は重低音と共に走りゆくバスにかき消された。

 そんなものだ。

 そしてバスが過ぎ去った外の通りでは、相変わらず学生たちが映画のレンズフレアみたいに美しく綺麗なはしゃぎ声を上げている。


 俺はめげずに叫び続けた。

「そして君たちは知るのだ、蛇口をひねると水が出ると言うのは誰かの願いであって、その下には幾千の祈りがあると言うことを」

 ぼくは吸い殻を枕元の空き缶に押し込み、なお叫ぶ。

「幾千の名も無き男たちが祈りとなって折り重なった世界がこれだ」


 その瞬間、一陣の風が吹いて白いレースカーテンを大きく揺らせた。

 白桃色をした春の破片がゆらりと舞い込み、まるでそういう運命だったかのようにすっぽりとぼくの尻の穴に蓋をするように覆いかぶさった。

「ありがとう、さようなら」

 ぼくはこれっきりにようと思った。



 網戸の無い窓は額縁のようで、空はやはり青色1号みたいに綺麗だたったから、溶けだすのも仕方ない事だ。

 そうしてぼくはレースカーテンで涙を拭った。

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