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第三章


 Aが忘却施術を利用しようと考えたのは、Bとのカウンセリングが終わって一か月が経った頃のことだった。彼自身が望んでいたこととはいえ、Bを自分のような家族の記憶が欠落した空っぽな人間にしてしまったことに対する後悔のようなものが、Aの心を例えようもなく痛めていた。当時のAの様に、空っぽになった自分に困惑しながらも受け入れるしかない状況になっているのではないだろうか。そう考えるとやるせない気持ちになり、仕事に手が付かなかった。

「もう、忘れてしまおうか」

とAは決意した。Bも私のことを忘れているのだ。彼との話は確かに楽しかった。でもやっぱりあの記憶はBのもので、決して自分の記憶ではない。そんな記憶を拠り所にしていることも、酷く惨めに思われてきた。休日の日、忘却施術を行おうと自宅の扉を開け外に出たとき、郵便受けに一通の手紙が入っていることに、Aは気づいた。手紙を送ってくれるような人間に心当たりがなかったAだが、宛名が自分であることを確認すると、封筒を開けて手紙を読み始めた。





A様


こんな形での伝え方になってしまい、本当にごめんなさい。Bです。覚えていらっしゃますか。これを書いているのは、あの日の前、つまり私が家族の記憶を忘れる以前の私です。私が忘却施術を受けたちょうど一ヶ月後に、この手紙が貴方へ届くようにしていました。私は Aさんに、たくさんの家族の記憶を聞いてもらいました。本当に感謝しています。そして、本当に我儘であるのを承知してのお願いなのですが、あと一度だけ、私の家族の話をここでさせていただけないでしょうか。 Aさんであれば、最後まで読んでいただけると信じています。

 前置きが長くなってしまいましたが、話をはじめます。

 それは私の兄についてです。 Aさんにも聞いていただいた通り、私の兄はとても優しく、誠実で、家族思いで、喧嘩など一度もしたことのない、どこまでも大好きな兄でした。私が小学校2年生の時、兄は小学校5年生でした。兄はその穏やかな性格からか、なにか嫌なことをされてもやり返すこともせず、笑っていることが多かった様でした。そんな兄をいじめていた小学校6年生の集団がいたのです。先生に見つからないように狡猾に、私の兄を傷つけていました。兄は私たち家族にそのことを隠していました。誰も悲しませたくなかったのでしょう。それでも、弟である私だけは兄がいじめられていることに気づいていたのです。何度もその場に居合わせて、止めようと試みたのですが、2年生の私にとって、体の大きい6年生の彼らは恐怖の対象でした。更に彼らはいじめの現場を傍観することしかできない私に気づき、先生や親に言ったらお前もどうなるか、と脅迫をしました。今となれば小学生の脅しなど口だけで何の効力も持たなかったこともわかりますが、当時の私には酷く恐ろしいことに思えて仕方がありませんでした。その後も兄へのいじめは続き、それを兄は隠し続けました。

 そんな状況が半年ほど続き、これ以上兄が傷つけられることに耐えられなくなった私は、親と先生に打ち明けることを決意します。兄が校舎の屋上から飛び降りたのは、その次の日のことでした。


 幸いにも兄は、命だけは助かることができました。しかし、脳に深刻なダメージを受けたため、それからずっと、植物状態のままでした。いじめの件は明るみになり、両親は気づいてあげられなかったことの後悔で、しばらく何もまともにできる状況ではなくなりました。加害者側からの謝罪はあったものの、それだけでした。両親が兄の学校の状況に気づけなかったのも無理ないと思います。兄は家に帰ると、その日うけたいじめなど全くなかったように振る舞っていたのです。あるいは家族のいる家だけが、本当に自分らしくいれる場所だったのかもしれません。

 最も後悔したのは弟である私でした。もう少し早く、勇気を出して誰かに打ち明けていたら、きっと兄を助けることができたという事実が、私を苦しめました。その後の小学校中学校と何事もなく過ごしましたが、心のどこかではずっとこの後悔がありました。


 兄が植物状態から目を覚ますという奇跡が起こったのは、彼が飛び降りてから7年後、私が15歳、兄が18歳の時でした。ですが神様は、奇跡だけを起こしたわけではありませんでした。記憶喪失。兄が目を覚ましたということとともに医師から伝えられた、残酷な事実でした。確かに兄は、私たちが過ごした日々の全て、そして私たちを忘れていました。記憶を取り戻す可能性は限りなくゼロに近いと、医師は私たちに言いました。いじめから救えず、植物状態になり、自分たちのことを忘れられるという事実は、家族にとって耐え難いものでした。後悔から立ち直ろうとしていた矢先、更に深い後悔の渦に呑まれました。そして私たち家族には、兄に正直にこれまでのことを話す勇気がありませんでした。都合の悪いことを隠して接するという話もありましたが、私たちは兄に悟られないように共に過ごせる自信がなかったのです。

そんな中で私たちがたどり着いた結論は、忘却施術でした。酷い家庭に生まれ、自身で家族や身の回りの記憶を忘却した、ということにして、私たち家族は、今後一切兄に関わらないようにする、というのが私たち家族が出した答えでした。今思えばひどく薄情なことの様に思えてしまいます。しかし当時の私たちには最善の方法に思っていました。自分たちを悪者に仕立て上げることで、兄の忘却を正当化して、兄自身もそれに納得して、まっさらな人生を歩んでくれるようにという願いがあったのです。家族全員がその方法を受け入れ、記憶管理局へ足を運びました。本人の意思でなければ忘却できないという規定でしたが、異例の事態であることを考慮し、家族の意思のみで兄を忘却することを了承してくれました。脳の検査ということで管理局へ連れて来られた兄に、私たちは無言で兄との別れを惜しみました。次に目を覚ますころには、兄が目を覚ましてから施術を受けるまでの記憶も忘却されているので、これが本当のお別れだと思いました。心の中で、父も母も私も、何度も「ごめんね」と言っていました。

これで良かったと、私たちは思っていました。異例の事情に、管理局は兄を職員として雇ってくれるということ、衣食住の支援をすることを約束してくれましたから、何にも縛られない人生を、これから送ってくれると信じていました。私たちだけは兄のことを生涯忘れないようにと、新しい日々が始まりました。

 それから5年が経ちました。実をいうと、父親も母親ももうこの世にはいません。父は病気で死に、母はやはり兄への後悔をぬぐい切れず、海に落ちて死にました。私は1人になってしまいました。そして私だけが、何の罰も受けていない。一番の原因を作ったのはこの私です。報いを受けるときが来たと思いました。私だけが、あの幸せな記憶を持っていることに、耐えられませんでした。なぜ一番幸せであるべきだった兄がその記憶を忘れ、実質的にに兄を殺してしまった私だけがこの幸せを覚えているのか、そんなことがあってはならないと思いました。そして、最後は兄である記憶管理局職員に、すべて忘れさせてもらおうと、私は記憶管理局へ向かいました。


 もう、おわかりでしょうか。私が語った家族の思い出で、少し救われたと貴方は言ってくれましたね。その思い出は、あの日々のすべては、貴方のものです。擬似体験なんかじゃない、本当の貴方自身が実際に体験して、ずっと大切にするべきだった思い出です。取り返しのつかないくらいの時間が経ってしまって、貴方には合わせる顔がありません。ここで何度謝っても謝りきれません。それでも、今ここで、あの思い出を、貴方にお返しできたことをこの上なく嬉しく思います。もちろん、私も貴方と一緒にこの思い出を共有したかった。あのカウンセリングで、何度も「ここで打ち明けてしまおうか」と迷いました。最後の最後まで迷いました。しかし私にそんな資格はありません。私は十分すぎるくらいにあの幸せな記憶をかみしめました。今度は貴方がその幸せをかみしめる番です。あなたの家族の記憶は、忘れたくなるほど酷かったなんて言うのは、全くの嘘です。

 この手紙が届いているころには、私に家族の記憶はありません。本当に、貴方だけのものになったのです。実をいうと、私は狭心症という病にかかっており、先が長くありません。だからどうか、私のことは気にせず、どうか思い出を大切に、幸せにお過ごしください。ただ、私が今でも心からお兄さんを愛しているということだけは、忘れないでください。




「こんにちは、Bさん。私はあなたの忘却施術のカウンセリングを担当したAです」

「……どうも、その節はお世話になりました」

 記憶を失っていても、Bはかつてと変わらない調子だった。Aにはそれが嬉しくもあり、少し悲しくもあった。いっそのことすべてが変わってくれていたら。

「少し、外でお話しませんか」

記憶内容が膨大であったため、記憶管理局は「特例」として、忘却の事実をAと同じようにBに伝えた。その際は、クライアントと職員が術後に接触することも許可されていた。

「施術後のお加減はどうですか」

二人は管理局の傍の川沿いを歩きながら話した。初夏の空気は、だんだんと夏に飲まれようとしていて、むせ返るような生命と緑の匂いがしている。

「体の方は全然問題ありません、ただ……」

 辺りは本当に静かだった。冬の間に冷やされ、未だにひんやりとした水が流れる音と、二人が砂利を踏む音、思わず目を閉じたくなる心地の良い風の音が聴こえるだけだった。

「どうしようもなく、空虚です」

 風が吹かなくなった。砂利を踏む足音も止まった。水だけが流れ続ける。

「自分で決めたことなのは分かっています。今更どうしようもないことも。そう考えて1か月が経ちましたが、この空虚を消すことはできません。少し前まで当たり前だった家族の記憶がなくなるというのは、こんなにも僕を空っぽにしてしまうんでしょうか」

 Aは黙ってBの話を聞く。Bの話だけに耳を傾ける。

「Aさん、僕の家族の記憶は、忘れられるべきだったのでしょうか。忘れられて当然なほど、酷い家族だったのでしょうか。こんなことを聞いてはいけないことは承知しています。でもこうでもしないと、きっと僕は生きていけません。もう長生きできないことは分かっています。だからこそ、死ぬ前に自分を許してやりたいんです。忘れて良かったと心から納得して眠りたいんです。Aさん、我儘であることはわかっています。どうか教えてください。僕は、家族の記憶を忘れて良かったと思いますか」

 また風が吹いた。今までとは違い、少しだけ強い風だった。雲一つない青空だということに、二人は気付いていなかった。二人だけの世界がそこにある。五月が終わることも、夏が始まることも、今の彼らにはどうでもよかった。

 少し大きくなった風の音が、Aの言葉を運ぶ。

「Bさん。あなたの家族は、本当に、忘れられて当然の酷い家族でした」


こちらで完結でございます。

ありがとうございました。

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