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生きている──死んでいない
人は考えない。
生きているかどうかなんて。
当たり前だから。
だから、大抵の人は、自分で生きると決めたことがない。
生きると決めずに、ただ生きている。
つまり、主体的に生きていない。
浮き草のようにフラフラ生きる。
根がないから仕方ない。
だから、人の意見に心が揺らぐ。
お前ってこういう奴だなという指摘に心が痛む。
まず問うべきは、人が、親が、世間が、社会が、「こう生きろ」と言う通りに生きることが、「生きる」ということなのか?ということ。
いい人になる?成績を上げる?たくさん稼ぐ?──それができたら生きたと言えるのかい?
人の基準で生きる限り、人生は虚無に堕ちる。
《意味》は自分で決めたところにしか生まれない。
最初にすべきは、生きると決めること。
何ができたから素晴らしいのではなく、生きると決めて、自分の人生を生きていることが素晴らしい。
次に問うべきは、『自分の心が納得できる人生とは何か』。
それを自分で決めることが誇りになる。
誰がなんと言おうと、いい人生だったと胸を張れるのは《納得》があればこそ。
人の目よりも、自分の納得に耳を傾けて。
命の使い方を掴みつつある人へ。
もう一歩先を照らせますように。




