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空回りな転生者①


 雪の様に白い肌、黒檀の様に黒いかみ、静謐な気品の中にさす情熱の様に赤い唇は、まるで絵物語に出てくる姫君そのものだ。


公爵令嬢ヒルデ・ラングナー。彼女が廊下を歩けば、まるでスポットライトに照らされているかの如く周囲の視線を一心に集め出す。

姿勢も目線も振る舞い全てが黄金を描き、まさにそれは人というよりも貴族という生命体だった。


だが、この物語の主人公は彼女では無い。これは黄金になりきれぬ者の物語だ。

完璧に憧れようと一歩も届かぬ、それでも前を向いて行かなくてはならない。コレは綺麗事ではなく残酷な現実だ。

そんな、スポットライトの外で進む事以外許されない一人の少女の物語だ。


―――


 国の東に位置する農村「コーカ村」は、平地に広々とした畑を有しており、春先は優しい花の匂いが漂ってくる穏やかな場所だ。


 数ヶ月前、この村に馬車がやってきた。

村人たちは滅多に見ない様な立派な馬車を見るために、そして長年成長を見守ってきた、藁色の髪の少女を見送るために集まっていた。


きっかけは些細なもので、兄に隣町まで連れ出された際、たまたま旅行に来ていた宮廷魔術師によって、彼女の中に神の時代を思わせる魔力量が確認された。およそ100年ぶりの出来事だった。

これにより、平民ながら王立魔法学院への入学が認められたのだ。


「エルナ、忘れ物はない?」


母は娘に最後の確認をした。幼い頃から臆病で、他の子供よりも出来ない事の多かった娘が、まさか王都の魔法学院へ入学出来るなんてことは今だに夢の様な気さえする。

娘は小さく「大丈夫だよ」と、本人にとっての精一杯の明るい声色で応えた。


「お貴族様との生活は大変だろうけど、失礼のない様に、笑顔を、忘れずにね」

「うん」


 心配で仕方がない様子の母とは裏腹に、エルナは案外呑気だった。

彼女にはエルナとして産まれる前の記憶、東島かりんという違う人間として生きていた記憶があった。


彼女を一言で表すなら「人見知り」という言葉が適当だろうと言えるほど、東島かりんという人間は人付き合いが苦手だった。


幼稚園の時は嫌でも皆話しかけ合い、遊びに誘い合う関係で、友達と呼べる人も多かったが、それも小学生中学生と続く度減っていく。

一人ぼっちである事を実感させられる学校の教室が、かりんは怖くてしかたなかった。


いつのまにか現実ではなくゲームの世界に浸るようになっていた。ゲームは良い、世界の誰かが自分を含めたプレイヤーのために作ってくれた娯楽は、かりんの孤独を和らげた。

中でも彼女が好んだのが、女性向けの恋愛ゲーム「悲劇のアンビバレンス」だ。


人見知りで自分に自信の無い女の子が、ある日突然魔法の才能がある事が分かり、本来なら貴族だけが通える王立魔法学院に入学が決まるところから始まる恋愛ストーリー。主人公の名は「エルナ・ドート」、今世のかりんである。


ゲームと現実は違うと言っても、本編での「エルナ」は一部を除いて人間関係に困った様な描写はない。それどころか困っていても大体は彼女のヒロイン力でなんとかなっていた。

特待生として模範的でさえいれば、過酷ないじめに遭うことは無いだろう。

正直なところ、この頃のエルナは現状を大分舐めていた。


「行ってきます!」


力強い声に、母はようやく安心して「いってらっしゃい」とこちらも強く返す。

引きこもりの彼女を馬鹿にしていた近所の少年も、会うたび哀れみの目を向けてくる少女も、今日ばかりは笑顔で送り出す。

王都に着いたらまずは一カ月、学院での最低限のマナーを叩き込まれ、4月には入学式を迎える。

同年代とはロクに会話できず、農作業を手伝おうにも足を引っ張るばかりの日々はこれでおさらばだ、帰ってくる頃には両親だって自慢したくなる様な魔法使いになっているはずだと、エルナは希望に胸を膨らませていた。


 そして、時は5月。


「……どうしてこうなったの」


環境が変わろうと、人が簡単には変われない事は、生まれ変わったあの日から分かっていたはずだ。

エルナは結局学院に馴染めていないし、魔法の勉強は思ったよりも理数系に寄っていて難しかった。

正直エルナは大分ダメな奴だし、勉強が得意だった試しはなかったのでそれはいい。

問題は人間関係だ。彼女は確かに度を越した人見知りだが、原作の「エルナ」だって多かれ少なかれそうだった。

しかし原作の彼女は鬱陶しいくらい話しかけられる存在だ。その殆どが特待生で神代の魔力量を持つ彼女の立場に惹かれた下級の貴族だったが。


エルナはバカだがアホでは無い、原因は入学してから少しで分かった。

今も教室の真ん中で注目を集め、全校生徒の羨望の眼差しを一心に浴びる少女、公爵令嬢ヒルデ・ラングナー、第一王子の婚約者にして完全無欠の学院の花。


 ヒルデはゲームの立ち位置で言えば悪役令嬢だ。

今日日悪役令嬢が出てくる乙女ゲームなんて珍しく、エルナも物珍しさから購入を決めたが、正直彼女はその選択を少しだけ後悔した場面がいくつかあるくらい、ヒルデの事が苦手だ。


学院唯一の平民であるヒロインを気にかけた第一王子にヒステリックになるのにはじまり、会うと些細な失態をネチネチと文句を言われ、一部の行事に出れない様に工作をしてくる。

出番があるたびに悪印象が強くなる彼女が、エルナはキャラクターとして好きになれなかった。


 だが実際に同じクラスになったヒルデは、そのイメージとはまるで違う。

身のこなしにお転婆さは皆無で、貴族の令嬢然とした淑やかさを放っている。

勉学においても教師に褒められない日は無い、常に周囲の模範。かと言って地位や過去の成果に驕る事無く、下級の貴族に偉そうにしない。


知っているヒルデとは似ても似つかぬ彼女に、エルナは最初戸惑ったが、よく考えたら自分自身も本当の「エルナ」ではない別人なので、そういうことも有るだろうどう素直に受け取った。


ただ、ゲーム本編では少なからず彼女の影響で学内の上級貴族への支持は下がっており、虐げられていた下級貴族は特待生の「エルナ」にすり寄り、ヒルデに対抗する御輿にしようとしていたし、攻略対象によってはヒルデの暴虐が原因で接点を持った者もいる。


話の都合上必要だった悪意の喪失は、かえってエルナの交流が閉じる結果となっていた。目立った派閥争いの無い今、周囲にとってエルナは「担ぎやすい御輿」では無く「見定めるべき部外者」であり、とても友人関係になりたくて近づいてくる事は無かった。


自分から話しかければいいとも考えたが、産まれながら、否産まれる前からの筋金入りの人見知りには、小粋なトークどころか人に話しかける方法すら知らない。

身分というしがらみが手伝って、誰かと話さず一日を終える事もザラに有る。


エルナは困った。先月家族に送った手紙では「まだ学校も始まったばかりだから」と言い訳したが、そろそろ友人の一つも出来なければ、ただでさえ心配性な母をさらにを心配させてしまう。


「ヨシっ!」


エルナは決意した。今月中には一人、友人と呼べる人を作る事を。


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