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電子化された処理フロー

僕は経理室の隅に置かれた旧式の端末にログインし、過去3年分の経理記録を黙々と洗い始めた。

ディスプレイの冷たい光が、無数の数字を静かに照らし出している。


目が痛む。

集中力が切れそうになるたびに、頭の中でシズカの声が再生された。


『必要のないはずの行動を自ら選ぶ。あえて不利な立場に身を置く――そこにあるのは、“優しさ”か“贖罪意識”です』


優しさか、贖罪意識か。

だとすれば――それは、一体、何に対しての?


スクロールしていた指が、ある決算資料の数字の異常に思わず止まった。

明らかに、金額がおかしい。


売上や入金記録と照らし合わせてみる。

収入の欄が、数百万円単位で水増しされていた。


不審な操作は他の年度にも見られた。

まるで意図的に、経営状況を良く見せようとした形跡。

誰かが、帳簿に虚構を仕込んでいたのだ。



だが――奇妙なことに。


経理室の金庫の現金残高は、帳簿の数字とぴたり一致していた。


嘘があるはずの帳簿と、現実の現金が、なぜ整合している?


さらに過去に遡ると、ある時期から収支のズレが急激に拡大していた。

その頃の稟議書には、すでに引退した前経営者の名前が頻出していた。

加えて、佐伯、高橋、鈴木――経理部の確認欄には、彼らの名が並んでいた。


そうだ。

あの頃から、社内では“実績を良く見せるための演出の数字”が、半ば暗黙の了解となっていた。

誰もが、報告された数値には“演出”が含まれている――そう勝手に認識していたのだ。


そしてちょうどその時期、前任の経理担当者が退職し、優秀な事務員だった宮野さんがその業務を引き継ぐことになった。



彼女は――その数字を、正しいものとして処理していた。“演出”を“現実”に変えてしまった。


端末に残されたアクセスログをたどると、彼女が毎週、定期的に帳簿と金庫残高のチェックを行っていた記録があった。


だがその内容は、あくまで“帳簿上”の確認だった。

実際に現金を数えていたわけではない。


電子化された処理フロー。

帳簿と金庫の数字が長年崩れなかったという事実。


彼女は“自分で確認している”つもりで、実際は“皆が正しく書いているという思い込み”に頼っていたのだ。


帳簿は「問題なし」と示しているのに、現実は穴が空いている。

彼女はどれほど取り乱しただろう――

責任感が強く、生真面目なあの人のことだ。

全ては自分の責任だと、自分を責めたに違いない。

 

そう思うと、胸の奥に重たい塊が沈んだ。



誤差の累積が手に負えない金額だと知った時、彼女が相談したであろう相手――佐伯(アイツ)の名前が、心に浮かんだ。


事件の数週間前、深夜近くまで残業していた記録が残っている。

そしてその翌朝、佐伯のスケジュールには「来客対応」のメモが急遽追加されていた。


恐らく、この時、彼女は――ようやく、誰かに助けを求めたのだ。


証言によれば、その日、彼女は人目を避けるように役員フロアを訪れていたという。


――佐伯に、相談するために。

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