優しさか、贖罪意識
金庫室前の廊下に設置された防犯カメラのログを調べ直して、ひとつの事実が浮かび上がった。
――宮野さんの入室記録が、どこにもない。
僕が彼女が金庫室に入ったと考えたのは、取り引き先への入金を金庫室の現金で行うよう指示を出していたからだ。
実際に入金は済まされていたので、僕はその指示を出してから実行されるまでの間に、彼女が金庫室へ行ったと考えていた。
だが、その間、金庫室には誰も出入りしていなかった。
防犯カメラの死角に入り、退室時が影になった人物は2人。
そして、入室だけが確認できた人物は役員の鈴木、近藤、そして――会議の前日深夜、影だけが映った謎の誰か。
鈴木と近藤は、金庫室の現金確認をした役員会議に出席している....
夜。
僕は、ここまでの観察と推理をシズカに話していた。
「結局、クローゼットに潜んでいたのは誰か……まだ分からないままだ」
短い沈黙のあと、シズカの声が響く。
シズカ:「宮野さんの行動は不可解です」
「どうしてだ?」
シズカ:「金庫室に行く必要があるのに、行かなかった。取引先に渡った現金は、一体どこから?」
確かに……妙だ。
経理室にも金庫はある。だが、普段そこから現金を出すことは殆どない。
シズカ:「宮野さんは“責任”を感じ、佐伯は“責任”を奪った。……この事件には、“責任”という概念そのものが、互いに奪い合われているような印象があります」
「なぜ、宮野さんが責任を感じてると?」
シズカ:「必要のないはずの行動を自ら選ぶ。あえて不利な立場に身を置く――そこにあるのは、多くの場合、“優しさ”か“贖罪意識”です」
「……贖罪意識?」
シズカ:「可能性のひとつとして、彼女が過去に何らかのミスをしていたと仮定すれば、その行為にも整合性が生まれます。特に、経理という職務上、目に見えない罪を抱えることは容易です」
「目に見えない罪……」
シズカ:「帳簿の不備、入力ミス、意図しない漏洩。外からは気づけなくとも、本人には致命的に映ることがあります」
「……そういえば最近、元気がなかった。目の下に隈があって、会話もどこか上の空だった。何かあったのかもしれない」
シズカ:「あなたの観察と状況証拠は、互いに矛盾していません」