そもそも、本当にあの時間に
違和感が、ふと頭をかすめた。
――そもそも、本当にあの時間に、金庫の金は盗まれたのか?
金庫近くの廊下の防犯カメラには、影すら映っていなかった。
だったら、本当に“犯行”は起きたのだろうか?
それとも、誰かが、最初から違う時間に何かを仕掛けていたのではないか?
けれど、事件の直前には、役員全員で金庫の金額を確認していた。
共同経営者の高橋も、僕も、役員たちも――確かに確認した。
あのときは、間違いなく、金は揃っていた。
そして、そのわずか数時間後には、金が消えていた。
だが、考えてみれば――
その役員会議自体、普段ならこの時期に開かれる予定がなかった。
期末でもなければ、特別なイベントがあるわけでもない。なのに、金庫の現金確認を含めた役員会議が開かれた。
僕は、慌ててスケジュール記録を見返した。
役員会議の開催を提案したのは――佐伯、そしてもう一人、役員の鈴木。
なぜ、この時期に?
なぜ、金庫の現金確認を急に?
まるで「犯行が起きた」という記録を作るために、わざわざ会議そのものが仕組まれたのではないか。
そんな考えが、頭を離れなかった。
夜、シズカに問いかけた。
「……シズカ。事件のために、記録が作られたって、あり得る?」
シズカは一瞬、応答を保留した。
やがて、静かな声で答える。
シズカ:「人間は、記録という言葉に弱いものです。記録が存在すれば、真実であるかのように思い込みます」
「つまり……記録そのものが嘘なら?」
シズカ:「人は、嘘にすら救われようとします。たとえ、真実を裏切ることになっても」
僕は、深く息を吐いた。
孤独な違和感が、胸に重く沈んだ。
あの役員会議。
僕は、細かい違和感を思い出そうと、何度も頭の中で再生した。
誰かが、不自然な動きをしていなかったか?
誰かが、妙な発言をしなかったか?
そして――思い出した。
会議中。アイツがある報告資料を読み上げる途中で、ふと眉をひそめて言ったのだ。「……あれ? この現金残高、少しズレてませんか?」
役員たちが資料を確認し、一度ちゃんと確認しておいたほうが良いという流れになり、金庫を確認した。犯人ならば犯行時刻を曖昧したいのではないか?
会議の最後。鈴木が、妙に急いで退出した。他の役員たちが雑談をしている中、鈴木だけが、ひとり、そそくさと姿を消していた。
理由を尋ねた時、彼は「急な用事が入った」とだけ答えた。
シズカに、ぼそりと漏らした。
「……もしかしたら、アイツが裏切ったんじゃなくて、誰かに裏切らされたのかもしれない」
シズカは、すぐに答えなかった。
代わりに、こんな言葉を残した。
シズカ:「裏切りとは、突発的に起きるものではありません。多くの場合、裏切りは“静かに準備された狂気”の結果です」
犯行時刻は「会議後すぐの時間帯」とされていた。
なぜか? 会議で金庫を開けた後、すぐに金がなくなったからだ。
でも、それは「金庫が空だったことに気づいたタイミング」でしかない。
金がいつ盗まれたのか? それ自体が、実は誰にも分かっていないのでは――?