目を逸らしたくない
会社の防犯カメラの映像を確認した。僕と、共同経営者の男・高橋、数人の幹部社員たちが立ち会った。
問題の金庫室近くの廊下、映像は事件が起きたとされる時間帯を再生していた。
――だが、誰も、映っていない。
不気味なほどに静まり返った、無人の記録だった。
「……おかしいだろ、これ」
僕が口にすると、高橋は渋い顔をした。
「まあ……カメラにも死角がある。そこを突いたんだろうな」
曖昧な返事だった。
だが、死角を突いたというには、あまりにも完璧すぎる。
まるで、誰も存在しなかったかのようだ。
だが、もう一つ重要な事実があった。金庫室のパスワードを知っているのは、僕、高橋、数人の役員、そして行方不明の佐伯だけだった。
その中で、僕と高橋、役員たちは、事件当時のアリバイが証明されていた。
社内の会議室、防犯カメラ、外部の取引先との接触記録……どれも、確かな証拠が残っていた。
その後、僕は佐伯について尋ねた。
高橋は言った。「アイツの身内は、事件の後、海外に行ってしまい、どこにいるかも分からない。巻き込まれたくないのだろう」
「探そうとはしなかったのか?」
「……無理だ。向こうに行かれたらな。警察にも頼んだが、進展なしだった」
高橋は苦い笑みを浮かべた。
それきり、何も言わなかった。
社員たちにも聞いた。
だが、誰もが口を揃えたように、こう答えた。
「知らないんです」
「見つからないんです」
「どうしようもないんです」
まるで、台本でもあるかのように。
アイツを捜そうともしない。
まるで、――最初から「いない」ことを前提にしているかのようだった。
夜、僕はシズカに話しかけた。
「……なんだか、全部、用意されていたみたいだ。誰も彼も、同じ反応をする」
画面の向こうで、シズカの音声波形が微かに震えた。
シズカ:「組織防衛本能という可能性もありますね。個人を守るためではなく組織そのものを守るために、情報は統制されます」
「組織そのもの……」
シズカ:「真実は、時に組織にとって毒です。だから、見ないふりをする方が、都合がいいのです」
僕は目を閉じた。
あの時、アイツが残した小さな違和感。
今なら、わかる気がする。
僕だけが、まだ、目を逸らしていない。