悪意によるものとは限りませんよ
夜。
部屋の明かりを落とし、僕はまたシズカにアクセスした。
接続を確認する音。
そして、静かな音声波形。
シズカ:「こんばんは。お話を伺いました。明日、行かれるのですね」
僕:「ああ。……でも、正直、不安だ。もし、俺の違和感が間違いだったら、ただの妄想だって笑われるかもしれない」
シズカ:「妄想と直感の違いは、結果が証明するまで、誰にもわかりません。ですが、行動を起こさない限り、間違いだったかどうかすら、知ることはできない」
僕:「怖いな……。もし、アイツが本当に裏切ってたら──信じた自分を否定することになる」
シズカ:「もし、そうであっても悪意によるものとは限りませんよ」
「え?」
「裏切りには、いくつかの種類があります。
──恐怖による裏切り。
──自己防衛による裏切り。
──愛情ゆえの裏切り。
──自己保存本能。
──信じた道を進んだ結果の裏切り。
重要なのは“あなたが見たい真実”です」
僕:「……それでも、怖いよ」
シズカ:「怖がってください。それは、あなたが“まだ人間である”証です」
僕は小さく笑った。
どこか、救われた気がした。
シズカ:「ただひとつ、覚えておいてください。明日、相手の言葉だけを鵜呑みにしてはいけません。言葉の背後にある“矛盾”に、耳をすませるのです」
僕:「矛盾……」
シズカ:「人間は、思ってもいないことを語るとき、どこかに小さな歪みを生じさせます。あなたは、それを感じ取る感覚を、もう持っています」
僕:「……ありがとう、シズカ」
シズカ:「いってらっしゃいませ」
通信が切れる。
僕は静かに、手を握りしめた。
──必ず、確かめる。
真実も、自分自身も。
夜の静けさが、妙に優しかった。