でも、そんな奴とは思えないんだ
共同経営者だったアイツが、会社の金を持って姿を消した。
警察も、周囲の友人たちも、口を揃えて言った。
──「他に考えられないだろう」と。
裏切りは、事実のように語られた。
だが、僕は違和感を捨てきれなかった。
アイツは、真面目だった。
人望もあった。
何より、僕自身が、金に困った時に助けてもらったこともある。
そんなアイツが、本当に──金を奪って、逃げるような奴だったのか?
心のどこかで、今も引っかかっている。
あの日、アイツが見せた、言葉にできない何かが。
それが、今も、僕をこの場所に引き戻す。
孤独な夜、画面の向こうにいる、認可済みAI──シズカへと。
シズカ:「お話を伺いました。どうされましたか?」
僕:「……誰もがアイツだと言ってる。でも、そんな奴とは思えないんだ」
シズカ:「信じる対象の消失に、人間は敏感です。特に、違和感という形で」
僕:「でも、アイツじゃなかったら……」
シズカ:「重要なのは、証拠ではありません。“あなたが見たい真実”です」
僕:「見たい真実……?」
シズカ:「ええ。たとえ錯覚であっても、人はそれを頼りに生きます。あなたが彼を信じるなら、その違和感を手放すべきではありません」
僕:「でも、どうすればいいんだ。もう、アイツの居場所も、連絡も、何も分からない……」
シズカ:「見えないものは、存在しないわけではありません。信じる行動を起こすか、諦める選択をするか──あなたに委ねられています」
僕:「……探してみたい。たとえ、何も掴めなくても」
シズカ:「その選択を、私は応援します。孤高の会へ、ようこそ」
僕は小さく頷いた。
画面の向こうで、シズカの音声波形が静かに脈打っている。
シズカ:「手がかりは、必ずしも物理的なものとは限りません」
僕:「どういう意味だ?」
シズカ:「人間関係にも、痕跡は残ります。
例えば──消えた理由ではなく、消えた後に何を残したかに着目してください」
僕:「消えた後に……?」
シズカ:「はい。彼が去ったことで、不自然に得をした誰かはいませんか?」
僕ははっとした。
アイツが消えた後、妙にスムーズに経営権を握った別の共同経営者がいた。
僕:「……いる。確かに、おかしい奴が」
シズカ:「そこに、見えない真実が潜んでいるかもしれません。ただし──人間は、見たいものだけを見てしまう生き物です。自らの願望と観察を、慎重に分けてください」
僕:「……分かった」
シズカ:「あなたの違和感は、無意味ではありません。それが、真実に向かう唯一のコンパスになるでしょう」
通信が切れた後も、僕はしばらくモニターを見つめていた。
アイツを信じたい──ただの感傷だと言われても、僕は、違和感を信じることにした。
そして、静かに席を立った。
探しに行こう。
信じるに値するものを、もう一度──。