34 闇属性審問会の噂
薄暗いDクラスの教室。古びた木製の机や椅子がぎしぎしと音を立て、窓から差し込む淡い陽光が埃を浮かび上がらせている。
その中で、リーシェの姿をしたアルドはぼんやりと窓の外を見つめていた。
彼の瞳には遠い過去の影が映り込んでいる。復讐心という名の炎は、彼の胸を焦がし続けていた。アリシアとの約束——「殺しはしない」——その言葉はアルドの心のどこかに確かに刻まれていたが、それだけでは復讐の衝動を抑えることはできなかった。
(あの時……あの場で、マリアを仕留め損なったことが悔やまれる……)
彼は無意識に拳を握りしめる。マリアの嘲笑するような表情が脳裏にちらつき、悔しさが込み上げてくる。その時、軽い指の感触が肩に触れた。
「リーシェ、また上の空! あたしの話聞いてなかったでしょう?」
明るい声と共にイルマが肩をつついてきた。アルドは反射的に振り向き、軽く頭を下げる。
「ごめんね、イルマ。ぼーっとしてたみたいだ……何の話だった?」
イルマはふくれっ面をしながら腕を組む。
「もう! 聞いて驚かないでよ! 今、学園で大規模な検査が行われているんだって!」
「……検査?」
アルドの眉が微かに動く。嫌な予感が胸をよぎった。
「そう! なんでも闇属性を使う不審者を探すためらしいよ。今日はBクラスとAクラスで、明日には私たちDクラスにも順番が回ってくるんだって!」
イルマはどこか興奮した様子で話していたが、アルドの中では別の緊張が膨れ上がっていく。
(闇属性の調査……?)
その言葉を反芻しながら、アルドは心の中でナジャに語りかけた。
(ナジャ、聞いてたか? もし俺がその“検査器”で調べられたらどうなる?)
彼の問いに、ナジャの冷静な声が響く。
(妾の存在がそのような低俗な機器で感知されるわけがなかろう。安心するがよい)
ナジャの断言に、アルドは肩の力を抜いた。確かにナジャは精霊という枠には収まらない存在だ。それが学園の魔道具で検知される可能性は低い。だが、安心したのも束の間、別の不安が浮かび上がる。
(……メリディアはどうなんだ?)
アルドの脳裏に、光属性の才女でありながら、その裏で闇属性を隠し持つメリディアの姿が浮かぶ。彼女は学園の公式記録でも「光属性の天才」とされているが、もし検査で闇属性が露見すれば——
(いくら公爵家の令嬢といえど、無事で済むわけがない……)
アルドは焦燥感に駆られた。メリディアの存在は、彼の復讐計画において重要だった。
彼女の率いるルーメン・テネブレを隠れ蓑にすることで、自身の動きを隠しつつ、復讐を進めるための貴重な“盾”となる存在だ。
アリシアとの約束もある。彼女の協力なしに禁書庫へのアクセス権を得ることは難しい。しかし、その協力を得るためには、アルドが直接手を下さずに復讐を遂行する形を取らなければならない。
(メリディアがこの場から消えれば、俺の計画は大きく停滞する……)
アルドは自分の中で考えを巡らせていたが、教室のざわめきが耳に入り、顔を上げた。何かが起こったのかと扉の方を向くと、アリシアが教室の中を覗き込んでいた。
彼女の鋭い視線がアルドの目に止まり、一瞬、互いの間に静寂が流れる。
やがてアリシアはため息をつきながら教室に足を踏み入れた。
「リーシェ……。少し話があるのだけれど、いいかしら?」
彼女の表情は険しく、その声にはどこか不安が滲んでいた。アリシアは教室内の生徒たちを一瞥し、席を外すよう合図を送った。
「……えぇ、じゃあ外に行きましょうか」
アルドは心の中の動揺を隠し、平静を装って答える。
イルマや他のクラスメイトが戸惑いながら教室を出て行くと、アリシアは静かに扉を閉めた。