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33 審問会の開催

学院の広々とした会議室には、重苦しい沈黙が張り詰めていた。


天井から吊るされた巨大な水晶シャンデリアが、冷たい光を落とし、深刻な雰囲気を一層際立たせている。普段は五人の倫理監査委員のみで使用されるこの部屋に、今日は学院理事たちが重々しく居並んでいた。周囲の監査委員たちは、押し黙って硬い表情を浮かべ、老練な理事長が発する重い言葉を待っていた。


やがて、中央に座る理事長が、深く重い溜息をついた。

その低い声は、静かな部屋に重く響き渡る。


「……引き続き、Bクラスで四名の死者が出た。加えて、Aクラスのマリア・シュト・ジグラー嬢が重傷を負った。これは……尋常ならざる事態だ」


その一言で、会議室に緊張が走った。理事長は、ざわめきそうになる委員たちを手で制しながら、重々しく言葉を続ける。「学園は非常事態宣言を発令し、本件の犯人逮捕を最優先とする。それに伴い、各クラスの警備を厳重に強化し、学園の安全確保に全力を尽くさねばならない」


アリシアは、学園内に張り詰める緊張が、さらに一段と高まったのを感じ取った。過去にも死者が出る事件はあった。しかし今回は、大規模な戦闘行為が行われ、学園と深い関わりを持つ上位貴族の令嬢までもが重傷を負ったのだ。理事たちがこれほどまでに焦燥感を露わにするのも、無理からぬことだった。彼らの動揺は、保身への不安と、上層部からの圧力への恐れが入り混じった、複雑なものだった。


その時、隣に座るフィリオが、苛立ちを隠せない様子で机を拳で叩き、険しい声で言った。


「当然だ!今までの対応は甘すぎた!徹底的にやるべきだったのだ!」


アリシアは心の中で小さく溜息をついた。表向きは厳格な態度を取っているが、彼らの頭にあるのは、己の保身だけだ。もし被害者が平民であれば、事件の隠蔽に奔走していたことだろう。貴族という身分が、彼らの正義を歪めている。


「ですが、具体的にどうやって?これまでも本件を最優先事項として対応してきましたが、目に見える成果は上がっていません」


冷静な声で発言したのは、倫理監査委員の中でも代表格と言える四年生のルクレト・ラ・フェンサールだ。

その言葉は、焦燥に駆られる周囲に冷静さを取り戻させた。


理事の一人が、僅かに眉をひそめ、ゆっくりと口を開いた。


「今回は、ジグラー家のご協力を得て、大規模な審問会を行うことになった」


その言葉が発せられた瞬間、会議室の空気が凍り付いたように張り詰める。


アリシアは思わず眉を寄せた。ジグラー家——つまり、マリアの実家が、学園の運営に直接介入するという意味だ。王家にも匹敵するほどの絶大な影響力を持つ彼らの介入は、公平な調査を著しく阻害する可能性があった。


「審問会、ですか?それは……具体的にはどのような形で行われるのでしょうか?」


それまで静かに状況を見守っていたメリディアが、僅かに緊張を帯びた声で問いかけた。彼女の透き通るような淡い金髪が、微かに揺れ、周囲の視線が一斉に彼女に集まる。


「全校生徒を対象とした、属性分析を行う。従来の書類調査や証言収集といった方法ではなく、より厳格な、軍でも使用される高精度の魔道具を使用し、不審者を徹底的に洗い出す予定だ」


冷たい響きを持つその言葉に、メリディアは静かに頷いた。しかし、その瞳の奥には、隠しきれない焦燥が渦巻いているのを、アリシアは見逃さなかった。


アリシア自身も、言いようのない不安に襲われていた。


(アルドは……大丈夫かしら?彼の精霊術が、検査でどのように反応するのか……想像もできない)


マリアが語った「闇属性を含む五つの属性を操る白銀の男」という言葉が、脳裏をよぎる。


もしアルドが審問にかけられれば、彼の持つ異常な力が白日の下に晒される可能性がある。彼はこれまで巧妙に能力を隠し通してきたが、ジグラー家が持ち込むという高精度の魔道具の前で誤魔化すことはできるのだろうか?


「全校生徒を対象とは……具体的には、どのような手順で?」


アリシアは、平静を装いながらも、僅かに震える声で質問した。


理事の一人が、事務的な口調で説明を続ける。


「まず、本日中に魔道具が到着し次第、直ちにBクラスでの審問を開始する。Bクラスは他のクラスに比べて人数が少ないため、比較的短時間で完了するだろう。その後、A、C、Dクラスの順で審問を行う予定だ。C、Dクラスは人数が多いため、審問は明日以降になるだろう」


アリシアは内心で僅かに安堵した。自身が所属するAクラスは本日中に審問が行われるようだが、アルドが所属するDクラスは最低でも明日以降になる。ほんの僅かな猶予だが、それでもアリシアにとっては貴重な時間に感じられた。


「……そういえば、以前Cクラス区画に設置された、最高峰の精霊術感知魔道具でも、闇属性は感知されませんでした。……本当に、感知できるのでしょうか?」


アリシアは、不安を押し殺しながら、小さな声で質問を続ける。


「それについては、問題ない。今回持ち込まれる魔道具は、闇属性はもちろんのこと、その他の希少な属性であろうとも、確実に感知するとのことだ。軍が長年かけて開発してきた、最新鋭のものだと聞いている」


「光と闇の両属性を持つ者など、前代未聞だ。もし検査を行えば、属性を見るだけでひと目で判明するだろう」


理事の発言に、場の空気がさらに緊張感を増した。倫理監査委員のメンバーには光属性持ちが多い。そして光属性を持つ生徒たちが不当に不審視されるという、明らかな偏見が含まれていることを察知していた。しかし、ジグラー家の圧力の前には、誰も異を唱えることができなかった。


(……最新鋭の魔道具……本当に、大丈夫かしら)


アリシアは焦燥を押し殺しながら、思考を巡らせた。アルドに、何らかの警告を送るべきか。

しかし、警告したところで、審問会を切り抜けることができるのだろうか?


不用意な行動は、かえって彼を危険に晒してしまうかもしれない。審問会が大規模になればなるほど、彼の力が公になる可能性は高まる。


その時、理事の一人が、重々しい口調で結論を述べた。


「大人数を効率的に検査するため、試験と同じ第1ドームを使用する。監査委員の諸君には、万が一に備え、会場の警備、そして学園全体の治安維持に全力を尽くしてもらいたい」


会議は次第に終結に向かい、アリシアは静かに立ち上がった。


メリディアは相変わらず冷静な表情を保っていたが、その瞳の奥に、拭いきれない不安の色が確かに揺らいでいるのを、アリシアは見逃さなかった。

しかし、アリシアはメリディアの様子以上にアルドのことが気がかりだった。


(……アルド……早く、アルドに知らせに行かないと……)


心の中でアルドの顔を強く思い浮かべながら、アリシアは重い足取りで会議室を後にした。

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