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29 白銀の影

数時間前、B区画で激しい戦闘が行われていた頃ーー


C区画で警戒にあたっていたアリシアは、何人もの生徒が集まって広場で騒ぎを起こしているという通報を聞きつけて、問題の広場へと駆けつけていた。


しかし、広場は静寂に包まれ、騒ぎの痕跡はほとんど見当たらない。

またしても、手遅れだったのだろうか。アリシアの胸を、焦燥が締め付けた。


アリシアが肩を落としていると、背後から声が聞こえた。


「アリシア様」


振り返ると、メリディアさんの補佐官であるケーナが立っていた。彼女は落ち着いた表情で、アリシアに近づいてくる。


「ケーナさん、でしたね。あなたはメリディアさんと一緒に、D区画の警備にあたっていたようですが、なにかあったのですか?」


「はい。ですが、騒ぎは収まりました。何かの集団が騒いでいたようですが、メリディア様が到着されると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したそうです。ご心配には及びません」


「そう、ですか……」


アリシアは曖昧に返事をした。


D区画の騒ぎが収まったのは良いが、C区画も同じようなもので状況は依然として不明だ。


アリシアは納得いかない感情を抱きつつも、当初の目的であるB区画の集会場へ向かうことにした。


---


アリシアはB区画の集会場の近くに着くと、物々しい雰囲気に眉をひそめる。

どうやらアリシアが懸念していた通り、貴族派の周回を狙った襲撃があったようだ。


現場には騒ぎを聞きつけた学生や教師が集まり始めていた。厳重な警戒線が張り巡らされ、焦げ付いた床、引き裂かれた壁などが、激しい戦闘の痕跡を物語っていた。


アリシアは喉をひりつかせながら、その跡を見て回る。血の匂いと灰の焦げ臭さが混ざり合い、鼻を突いてくる。そこへ学園職員らしき人物が走り寄ってきて軽く頭を下げる。


「アリシア様。死者は四名。いずれも貴族派の学生です」


「……承知しました。ありがとうございます」


アリシアは唇を引き結び、「止められなかった……」という悔しさが胸を締め付ける。貴族派が被害者とはいえ、命が失われた事実には変わりない。彼らの多くは火や風の術で斬られたり、焼かれたりしており、従来の“傷一つない死体”の不審死とは違う点も目を引く。


(これは……模倣犯の類ではない。正面からの襲撃……誰かが明確に貴族派を狙ったということかしら)


そう思った矢先、ふと視線を感じて振り返ると、奥で怒りに満ちた顔をしている赤毛の少女――マリア・シュト・ジグラーが立っていた。


右肩から先が見当たらず、包帯を幾重にも巻いている。数名の生徒が彼女を支えるようにしているが、マリアは屈辱と怒りで顔を歪ませているようだ。


アリシアが意を決し、そちらへ近づく。相手はかつて自分やリーシェを陥れようとした首謀者の一人でもあるが、今はそんな私怨を押し殺し、倫理監査委員として接するべきだ。何よりもこの惨状の真相を知りたい。


「……マリア先輩、いったい何が?」


アリシアは震える声で尋ねるとマリアはアリシアを睨みつけ、絞り出すように言った。


「……クソどもが……!」


彼女は奥歯を噛み、屈辱を押し殺すように息を吐く。周囲にいた生徒数名もマリアから距離を取り、やや怯え気味だ。


そして、マリアは絞り出すように言った。集団に襲われた、と。


アリシアはマリアに敵意を向けられたかと思ったが、どうやら矛先は襲撃者へに向いているらしい。


「その腕も……その集団に?」


アリシアはマリアの失われた右腕に視線を向けた。


「違う……! “白銀の裁定者”よ! 仮面をつけた、光と闇を使うやつを返り討ちにしたところに……別の男が現れたんだ……くそっ!」


「別の男……?」


「……白銀の裁定者……白銀の髪の男だ」


その名を聞いた瞬間、アリシアの心臓が凍り付いた。全身を冷たいものが駆け巡る。血の気が引いていくのがわかった。


「白銀の……髪の男……?」なんとか絞り出した声は震えていた。


「ああ……信じられないだろうが……あいつは……いくつもの属性を操りやがった……!」


「いくつもの属性を……? 私やあなたのようなデュアルコントラクターとでも……?」


「違う! 五つだ! 五つ以上の精霊術を同時に操りやがった!」


「五つ……? そんな……」


アリシアは言葉を失った。デュアルコントラクターですら稀なのに、五つ以上の属性を操るなど、常識では考えられない。


マリアの話を整理すると、不審な仮面をつけた集団に襲撃され、護衛を失い、マリア自身が応戦していたところに、最後に現れた白銀の男に圧倒された、ということだった。


アルドの力は知っている。だが、五つ以上の属性など、聞いたこともない。そんなことが、ありえるのだろうか。

だが、白銀の髪と瞳……その特徴は、どうしても、彼を想起させる。


(彼は今日、D5クラスの集まりがあると言っていたけれど……本当に?)


心臓が早鐘を打つ。アリシアの頭に浮かぶのはアルドの姿でしかない。

それでも確証はない。


目の前のマリアからもう少し詳しい話を聞きたいが彼女の心は怒りで沸騰している。

アリシアはせめて襲撃者の情報を聞き出そうと、さらに問いかける。


「マリア先輩、もう少し詳しく……」


「もう面倒だわ、こんなところで詳述しても仕方がないでしょう。散々調べ回ってなんの成果もあげられない無能に言っても時間の無駄よ。なにが監査委員よ」


マリアは忌々しげに言葉を投げ捨てる。右腕を失った痛みに耐えながら、周囲の部下に「行くわよ」と命じ、杖を突きながら立ち去ろうとする。


その姿には、かつての余裕や気品は見当たらず、ただ憤怒と憔悴だけが漂っていた。


アリシアは足を一歩踏み出そうとするが、次の瞬間にはマリアは既に背を向けていた。


(今は何を言ったところで聞いてもらえそうにないわね……)


アリシアはむしろ自分の手が震えているのを感じる。止められなかったという悔しさと、アルドに対する不安と、言いようのない焦燥が混じり合って胸を締め付けてくる。


いてもたってもいられなかった。今すぐにでもD区画へ駆けつけ、彼の無事を、そして真相を確かめたい。


しかし、夜は既に更け、周囲の目もある……。


それでも、確かめなければならない。


もしマリアの言うことが真実なら、彼はまた人を殺めたことになる。しかも、四人もの人を……。


アリシアは踵を返した。迷いはなかった。D区画へ。


真実を、彼の口から直接聞き出すために。

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