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08 基礎実習

翌日の朝、D5クラスの教室に入ると、昨日よりも視線が集まるのをアルドは感じた。


今日はスラックスを選んだ。

昨日まではスカート姿で“リーシェ・ヴァルディス”を装っていたが、動きづらさや違和感が気になっていた。

幸い、ここではDクラス指定の制服を守っていれば、スカートかスラックスか選べる自由がある。

下位クラスだからこそ細かい校則はあまり厳しくないらしい。


席に着こうとすると、隣のイルマが目を丸くしてこちらを見ていた。

栗色の短い髪を揺らし、「おはよう」と声を掛けてくる。


「おはよう、イルマ」


アルドは少し笑みを浮かべ、昨日より軽い調子で挨拶する。

イルマは即座にスラックス姿に気づいたようだ。


「あれ? 今日はスラックスなのね。昨日はスカートだったのに。気分転換?」


質問は無邪気な好奇心からだろう。


「うん、ちょっと気分転換。スカートもいいけど、たまにはこういうスタイルも動きやすくて居心地いいかなって思って」


アルドは自然な笑みを作り、言葉を選びつつ理由を述べる。

流石に男だからスカートは違和感があるし抵抗があると心の中で考えているが、ここでは単純なファッション感覚として伝えておく。


イルマは納得したように頷いた。


「そっか、確かにスラックスもアリだよね。なんというか、可愛いだけじゃなくて、カッコいい路線も似合ってる感じがするよ。」


「そう言ってくれると嬉しい」


素直に受け止めて微笑むと、イルマはくすっと笑った。

昨日よりも彼女はリラックスしているようで、隣に座る二人が気負わず話せる雰囲気ができてきた。


このやりとりを見ていた他の女子生徒たちが、クスッと笑い合う。


「いいじゃない、スラックス姿のリーシェも新鮮」

「確かに動きやすそうで、実技のとき楽かな」


などと囁いている。


男性陣からも特に違和感や奇異な目はなさそうで、むしろ「スラックス履いている女性もそれなりにいるからな」という感じで普通に受け入れているようだ。

そう、ここは下層クラスである分、人数も多く服装の多様性があるため目くじらを立てる者が少ない。


こちらを遠巻きに見ていた女性陣からは「カッコイイ系すごく似合う」「自信ある笑顔が良い」と好感触である旨の感想が聞こえてきた。


この日は精霊術を使う実技的な授業がある。

Dクラスと言えど、基礎的な精霊術訓練はカリキュラムに含まれているらしい。


ただ、AやBのような先進的な実習室はなく、Cクラスほどの整備もされていない。

このDクラス用の実技時間は、簡易的な魔力制御テストや属性ごとの基礎術試しなど、質素なものになる。


「今日の実技、どうなるんだろうね」


イルマが魔道具の部品を弄りながら小声で言う。


「リーシェ、精霊術苦手とか噂されてるけど……大丈夫?」


周囲にも似た声がある。


「リーシェって精霊術使えないって本当なの?」


と視線が突き刺さる中、アルドは淡々と準備を整える。

微笑みをたたえて、


「やれるだけやってみるよ」


と言葉少なに返した。


しばらくして、教師が軽く説明を挟み、実技練習が始まる。

広くはない実習スペースで、各自が属性ごとの基礎術を行う。


水を引き寄せる小術、火花を灯す簡単な魔力制御、風を流す基本動作など、Aクラスなら笑われるほど初歩的な課題だが、Dクラスにはこれでも難しい者が多い。


周囲は苦戦する生徒が続出。

火属性なのに火花すら安定しない、風術で紙片を持ち上げることもできない者がいる。

その中で、精霊術が使えないと噂のリーシェはどうするのか、興味を示す視線が集まる。


アルドは精霊術が無理でも、戦術で補う。

火花を灯す代わりに、小型の魔力石を利用した即席魔道具を上手く組み合わせ、紙上で指定された模様を灼き付ける。

水術ができないなら、最初から水路の角度や重力を使い、濡らす手順を工夫して結果を出す。

風を起こせないなら、微妙な位置調整で対象物を巧妙に配置し、わずかな外気と筋力操作で課題をクリアする。


周りは唖然とする。


「精霊術なしで、あんなふうに……?」


「すごい、結果は他の子より上手く課題をこなしてる」


アルドは直接魔力を行使できなくても、知識と準備、少しの工夫でD5クラス内で最上位に近い成果を出したのだ。

魔道具は小さな効果をおよぼすことしかできないが、使い方次第では精霊術の真似事のようなことはできる。


イルマが口元を手で覆う。


「まさか……精霊術なしでここまで?」


「まぁ、精霊術を使わなければいけないって縛りもなかったしね。上位クラスだと通用しない方法ではあるけど、工夫次第でできることは多いよ」


先ほどはただの噂通り「使えない子」なのかと思っていたが、結果を見れば彼女が()天才であると誰もが納得するだろう。

後遺症で精霊術が一切使えないと言われていたリーシェが、最終的にD5内で上位の成果を収めるとは。


周囲も一様に感心する声が上がる。


「すごい……」


「精霊術なくてもここまでやるか……」


教師も目を細めて「ああ、なるほどな」と納得した様子でメモを取る。

結果を出せば、自然と見る目が変わる。


実技終了後、アルドが席に戻ると、イルマが小さく「すごかったね」と囁く。

先ほどまで表面的な会話だったが、今は敬意すら感じられる。


「正直、びっくりしたよ。やっぱりただ者じゃないんだね」


と素直に称賛する。


アルドは肩をすくめ、


「精霊術が使えないからと嘆いてばかりいられないからね」


と柔らかく返す。

それだけで、教室全体の空気が少し明るくなる。

アルドは実技で見事に存在感を示せた。

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