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20 闇霧の中の決戦

マリアは深呼吸をしてから、胸の前で拳を握り込むようにして魔力を練り上げた。右手に収まる“フレイムハート”が脈打つたび、体の奥から熱が湧き上がる。

例え“白銀の裁定者”が現れたとしても、すぐに返り討ちにすることができるだろう。そう思い込みながら、マリアは自分の心に言い聞かせるようにゆっくりと歩を進める。


今夜はBクラス貴族派の集会が開かれる日だった。かつてはもっと賑わいを見せていた一派だが、内部のもめ事や資金難、そして周囲の牽制により、いまではかなり勢力が削がれている。だが、それでもマリアにとっては利用価値のある存在だった。表向きは「彼らを支援する」という体を取りつつ、マリア自身の“地位”をさらに盤石なものにする――それが今日の目的である。


集会場は、Bクラス区域の中でも比較的目立たない片隅の屋敷に設けられていた。敷地は小さく、建物には美しさのかけらもないが、力のない者たちにとっては、これでも精一杯なのだろう。


扉を開けると、部屋の空気には微かな緊張感が漂っていた。ざっと十数人ほどの出席者が、長テーブルを囲んだり、壁際に立っていたりする。どの顔も疲労が色濃い。中には眼の下にくまをつくり、やつれた表情を隠せない者もいる。


「皆さま、ごきげんよう。お集まりいただき、ありがとうございます」


マリアはあえて明るい口調で声をかけた。手にした杖のような形状のフレイムハートを見せびらかすように構えながら、堂々と中央へ進む。


「本日は、わたくしたちにとっても重要な節目となるでしょう。“白銀の裁定者”などと言われる犯罪者が噂されて久しいですが……」


その名を出したとたん、何人かがこわばった顔つきになる。マリアはその反応を見逃さなかった。


「気に病む必要はありませんわ。彼らがどう動こうとも、わたくしたちの成すべきことは変わりません。どうかご安心なさい。わたくしが必ずや見つけ出し、しかるべき報いを受けさせてみせましょう」


強い調子で言い放つと、周囲の面々が少しだけ息を吹き返したように見えた。マリアの言葉は断定的で、同時にまばゆい炎の力が杖の宝石部分に揺らめき、見る者に安心感と圧倒的な説得力を与える。


「そうですな……いや、確かにここまで苦境に立たされてはおりますが、まだ終わりではない」


「マリア様のおっしゃる通りです。ここが踏ん張りどころでしょう」


疲労に覆われた声ではあるが、いくつか肯定の返事が返ってくる。マリアは内心でほくそ笑んだ。こうして彼らの士気を立て直しているように見せかけて、その実は、マリア自身の存在感をより大きくアピールすることこそ狙いだった。


――しばらくの間、マリアを中心としたやり取りが続き、集会は滞りなく進行した。Bクラスの貴族派はやはり人数も資金も乏しいが、それをどう動かすかは“やり方次第”である。マリアは自信に満ちた笑みを浮かべつつ、心の底では警戒を解かない。会場にはさまざまな罠も設置させており、護衛もしっかりと控えている。万が一、何者かが襲撃を仕掛けてきても、そう簡単に突破されはしないだろう。


集会が終わり、夜気を肌に感じながら屋敷の外へ出る。


「結局、白銀の裁定者など出てきませんでしたわね。

わたくしを狙うなどという無謀な真似は、さすがにしないということでしょうか。もし派手に動いてきたのなら、一網打尽にしてあげられたというのに」


マリアは気だるそうに言いつつ、杖を軽く振って宵闇を見上げる。


「ふふ……張り詰めていた時間が、少し無駄だったかしら」


護衛の者たちも同じように周囲の様子を警戒しているが、特に怪しい気配は感じられない。


「さあ、A区画へ戻りましょう。わたくしにはまだやるべきことが山積みですもの。あなたたちも随行なさい」


四名の護衛が「はい、マリア様」と答え、マリアの周囲を囲むように歩き始める。夜道を行く足音が石畳に反響し、かすかな残響を伴って暗い路地に消えていく。


ところが、次の瞬間、その“足音”が急に遠のいていくような、奇妙な感覚がマリアを襲った。まるで耳が塞がれたかのように音が薄れ、周りの物音が消え失せていく。


「……なに?」


マリアは足を止めた。護衛の者たちも、不自然な静寂に気づいたらしい。視界はまだ闇に沈んだ町並みだが、どこかぎこちない。少し前までは風の音や虫の声が聞こえていたはずなのに、今はまるで真空の中に放り出されたようだ。


「これは……音に関する術? ーーいや、何かがおかしい。まるで周囲を丸ごと覆う結界のような……」


まだ冷静に分析をしようとするマリアの意識に、さらに追い打ちをかけるように視界がゆらりと乱れた。闇色の霧がじわりと溢れ出し、路上を覆い尽くしてゆく。濃密な黒い靄が周囲の光を奪い、細い路地の入口すらも曖昧に溶かしていくようだ。


――突然、霧の奥から何者かの気配が殺到した。影が幾条にも分かれ、護衛たちに襲いかかる。


「出たわね! 護衛の皆、迎撃なさい!」


声を張り上げるが、その音は周囲に届くことがない。

それでも異常に気づき、護衛たちも魔術を展開する。


だが、霧の中で動きが鈍くなっているのは明白だった。まるで筋肉そのものが重たく縛り付けられているような感覚。


きっと、これにラフエルはやられたのね――マリアがそう直感したとき、霧の中から見慣れぬ複数の姿が浮かび上がる。


「こいつらが……!」


噂だけは耳にしていた”白銀の裁定者”。漆黒のマントをまとい、仮面やフードで顔を隠した者たち。炎を操るものや、風を操るものなど、さまざまな属性持ちの集団だ――やはり、襲撃者は単独犯ではなかったか。


少し離れた場所で仕切っているように見える、仮面を被ったフードの人物がこの忌々しい霧を発生させているようだ。


やつらが闇の術を駆使して結界を張り、音を奪い、視界を閉ざしているのだろう。


護衛の一人が風で霧を吹き飛ばそうとするが、まるで全身が泥沼にはまり込んだように動きが鈍い、そこを素早い攻撃に貫かれる。血の飛沫さえも、奇妙なほどに音を立てず地面に散っていく。


マリアはその光景に目を細め、舌打ちした。


「使えない連中ね……この程度の術にあっさり絡め取られて、何をしているのかしら」


口では冷たく罵りながらも、マリアは慎重に魔力を練り始める。右手の“フレイムハート”から熱と光が立ち上り、自身の最も得意とする炎の力が増幅されていく感覚が心地いい。


「さあ、わたくしが直々に相手をしてあげるわ。闇術など、炎の前には無意味よ!」


ぐっと杖を振りかざすと、周囲を包んでいた黒い霧が勢いよく燃え上がる。高濃度の魔力を帯びた炎が霧を焼き尽くし、一瞬にして視界が開けた。途端に、襲撃者の一団の姿がくっきりと浮かび上がる。


「……!?」


仮面の人物らが驚いたように息を呑む。霧が消えたことに怯んだのか、その動きに乱れが生じる。

闇術と思しき結界により声は届かないが、やつらが混乱していることがわかる。


マリアは続けざまに土術を練り、地面を隆起させて一度に複数の相手をはじき飛ばす。衝撃で煉瓦片が割れ、仮面の襲撃者らが反応する間もなく崩れ落ちる。彼らも火や風、水の術を得意としているようだが、闇術の霧が消され、突然状況が逆転してしまい動揺しているようだ。


「ふふ、ラフエルのヤツはまるで役に立ちませんでしたけど、この魔道具だけは評価に値するわね。本当に素晴らしい!」


マリアはフレイムハートをかざし、湧き上がる魔力を全身に巡らせる。その炎のオーラをまといながら、敵の攻撃を強引に跳ね返す。護衛たちがほぼ動けない状態だというのに、マリアひとりで圧倒している。


「…………」


奥にいた闇術師と思しき人物が闇術の再展開を試みようと、マントを翻して印を結び始める。


しかしマリアの猛攻はそれを許さない。土塊を矢のように飛ばし、炎を吹き荒らして隙を与えぬよう追い詰める。


「なんですって!?」


そのとき、闇術を行使していた仮面の人物が光の魔力を放ち、マリアの炎を相殺する。


「闇だけじゃなく、光術まで扱うというのね。へえ、デュアルコントラクター……しかも光と闇、ずいぶんレアな属性じゃないの」


マリアの目から見ても、その戦闘力自体は決して弱くはない。だが、彼らの闇術は連携ありきの戦法なのだろう。それが崩れた今、さらにフレイムハートを駆使するマリアの“高火力”を支えきれるはずもない。


「終わりよ――あなたたち、まとめて吹き飛びなさい!」


マリアは余裕すら感じる笑みを浮かべながら、フレイムハートにさらなる魔力を注ぎ込む。灼熱の炎を周囲に展開しながら、地面からは鋭い岩柱を同時にせり出させる。

仮面の集団は力を合わせて必死に攻撃を防ごうとするが、彼らは次々に炎に飲まれ、土塊に弾かれていく。


「ふん、所詮は烏合の衆ね。まだ息があるようだけれど、そこまでよ」


敵対者たちが地面に倒れ込み、一部は呻き声を上げているようだがその声は掻き消され誰にも届かない。


まるでゴミの山のようになっているその中央に、光と闇を操っていた仮面の人物――だけがどうにか立ち上がろうと身を起こしている。


だが、闇術の結界を常時展開していた分、消耗が激しいようだ。足元がふらつき、血を吐くような咳を繰り返している。


「強がっても無駄よ。あなたが“白銀の裁定者”ね。光と闇のディアルコントラクターというのには驚いたけれど、ここまでね」


マリアは冷ややかに言い放ち、仮面の聖女の方へと歩を進める。黒い仮面に覆われたその素顔を覗き込むように顔を近づけた。


「さて、その仮面の下の顔……見せてもらおうかしら。でも油断はしない、殺した後にゆっくりと“白銀の裁定者”とやらの正体を拝ませてもらうわ。そして、最後は――学園中に晒し首にしてやろうかしら」


メキリ、と地面が僅かに鳴る。


マリアがフレイムハートを構え、トドメを刺すべく霧の残渣を蹴散らす。仮面の人物は焦ったように腕を振りかざし、何かを唱えるような仕草を見せたが力及ばず闇の結界が崩れ落ち、世界に音が戻る。


「“白銀の裁定者”もわたくしの敵ではなかったようね」


そう呟きながら、マリアは大きくフレイムハートを振り上げる。

空気が熱を帯び、一瞬の閃光が暗闇を切り裂く。地面が砕け散り、仮面がわずかに揺らいだ。



「これで終わり。死になさい――」



マリアの勝ち誇った声が、夜闇に残響した。

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