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18 集会前夜の苛立ち

窓枠の外に沈む夕陽を見ながらマリア・シュト・ジグラーは、どうしようもない苛立ちを感じていた。


(なぜ私が、こんな雑事にわざわざ時間を割かねばならないのよっ……)


思い浮かぶのは、乱れた学園の現状だ。自らの意に沿わない事態が次々と起き、貴族派の勢力は削がれ、挙句の果てに“白銀の裁定者”なる訳の分からない輩が、あたかも学園の闇を裁く“英雄”のように祭り上げられているらしい。


そのせいで私がBクラス領域のまとめ役を買って出る必要が生じているなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。もとはといえば、あのイザークがしっかり纏めていればこんな事態にはならなかっただろうに。イザークの無能さが引き起こした結果を、なぜ私が尻拭いしなければならないのか。思考が苛立ちで煮えたぎってしまう。


けれど、ジグラー侯爵家の名を汚すわけにはいかない。私の家門は、学園の理事会にも深く根を下ろしており、王国でも屈指の影響力を持つ貴族派の一翼だ。私はその娘として、望もうと望むまいと学園内の貴族派を再編・牽制する役割を担わなければならない。


幼い頃から、私は「ジグラーの血」の重みを教え込まれてきた。侯爵家の娘として、常に模範であること、卓越した魔力を持つこと、そして何よりも、家門の繁栄に貢献すること。それが私の義務であり、存在意義だと。厳しい家庭教師による教育は容赦なく、少しでも基準に達しなければ容赦なく叱責された。遊びや子供らしい無邪気さは許されず、常に完璧であることを求められた。


「マリア、お前はジグラーの誇りだ。その血を汚すような真似は断じて許さん」


父の低い声が、今でも耳に残っている。それは愛情というより、命令に近い響きだった。ジグラー侯爵家は、数百年もの間、王国の政治と魔法界に大きな影響力を持ってきた名門だ。その歴史と伝統を背負うことは、私にとって誇りであると同時に、重い枷でもあった。


中途半端なことは許されない。イザークやラフエルのような失態は、ジグラーの名に泥を塗る行為に等しい。私が彼らの後始末をしなければならないのは、当然の成り行きなのだ。

だからこそ、ひとつ下のBクラス領域へわざわざ赴いて明日の集会に出席し、彼らをまとめる。それが今回の私の使命だ。だが、どうにも気が進まない。なまじAクラスの私がBクラスの雑魚どもの相手をしなければいけないと考えると気が滅入る。


執務机の上に置かれた杖型魔道具(フレイムハート)へ視線を移す。先日の発表会であの愚か者ラフエルが得意げに誇示していた最新兵器。彼の死後、これを私が正式に引き継いだ形だ。思いのほか優れた火力増幅器で、炎術との相性は抜群。

(あの馬鹿なラフエル、もう少し長生きしてくれれば使い道もあったかもしれないのに……。まさかラフエルまで”白銀の裁定者”にやられるとはね)

心の中で舌打ちするが、今さらどうしようもない。ラフエルの取り巻きも大半が殺されるか逃げ出すかで、Bクラスの貴族派は大きく力を失いつつある。私がわざわざBクラスを掌握し直す羽目になるとは……。鬱陶しくて仕方がない。


私は手袋をはめてフレイムハートを持ち上げる。その赤い宝玉部分は、内に巨大な魔力を宿しているようで、私の炎術に応じて赤々と輝く。片手で試しに魔力を込めてみれば、すっと熱が集中し、杖の先端が蒼白い火を揺らめかせた。

――悪くない。これならば炎術の威力を格段に引き上げられる上、防御にも使える。土属性との併用で地形を作り出して足場を優位に保ち、その上で猛烈な火力を叩き込めば、大抵の相手など一瞬で灰だ。

(”白銀の裁定者”とやらが出てきても、今の私なら圧倒できるはず。いや、そもそもラフエルたちが無能だっただけ……私なら苦労しないはず)

もっとも、学園が荒れるのは本望ではない。私には王国でも指折りの地位が保証されているし、ここで無用な騒ぎを起こすのは面倒だ。だが、これ以上貴族派の威信が削がれるのは私の誇りが許さないし、学園での発言力も低下しかねない。


机を軽く叩き、私は呼び鈴をひとつ鳴らした。すると護衛役のうちの一人がドアを開けて姿を見せる。私は命じるように口を開く。

「準備はできているわね?明日は私が正式に下りるから、その時までに集会の場を整えておくように伝えなさい。護衛も多めに配置するようにね」


「は、はい!畏まりました、マリア様!」

彼らは私の炎術や土術の威力、そしてジグラー侯爵家の後ろ盾を承知しているからこそ私に逆らうことはない。王国の中でも侯爵家はかなり上位の身分、それも名門の中の名門。彼ら平凡な貴族出身では到底足元にも及ばない地位だからだ。


護衛が去ったあと、私は軽く溜息をつく。

(何者かは知らないけれど、私の邪魔になるなら容赦しない。これ以上、好きにはさせない……もし私の前にあらわれたらその時は完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ……)


マリアはフレイムハートの先端を机上で軽くトンと突き、胸の奥に渦巻く炎を感じ取る。火の精霊がうずうずと力を貸す態勢を整えているようだ。マリアはデュアルコントラクターで、炎属性と土属性を扱えるから、本来なら難敵はそうそういない。

(”白銀の裁定者”がイザークやラフエルを倒した?はっ。ラフエルらが無能であったに過ぎないわ。私が本気を出せば、どんな相手だろうが蹴散らしてやれる)


明日の集会自体は、形式的には“貴族派内での交流と復興策”を話し合う場とされているが、実際は今後の学園運営における下層クラスの抑圧計画を練るための会合だ。徹底的に反乱の芽を摘み、貴族の特権と秩序を守り抜く。イザークやラフエルのように浅はかに私利私欲を晒さず、要領よく動けば、楽に掌握できるだろう。


問題は、”奴ら”が襲ってくるかどうか……。


少し考え、私は唇に不敵な笑みを浮かべる。


(下手なまねはさせない。この舞台は私の思うように進むはずだ。やってきたなら返り討ちにしてみせる……)


そう心中で呟き、マリアは紅い髪をさっとかき上げる。破格の魔力と貴族派の権勢、さらにラフエルから奪い取ったフレイムハートの火力があれば、もはや恐れるものはない。学園を支配するのは、私——ジグラー侯爵家の血脈を継ぐこの身だ。


顔に優雅な微笑を装ったまま、私は明日に向けての準備を進めるため歩を速める。外はもう夜の帳が降りかけている。学園にはひんやりとした風が吹き始めたが、マリアの心は相変わらず苛立ちと自信の炎に揺らめいていた。

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