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07 メモ

何か湿った感触が頬を伝った。

アルドは目を開くと、薄暗いDクラス用の居室、あのボロいベッドに横たわっている自分に気づく。


まばたきをすると、瞳からこぼれた涙が枕に染みを残す。

夢で妹を思い出したせいだろう。胸が熱く、苦い。


咄嗟に腕で目元を拭う。


「……必ず助けてやる」


呟く声が低く震える。

どんな困難があろうとも、妹を救い出す――

その意思を再確認しなければ、夢で見た光景に負けてしまいそうだ。


体を起こし、カバンへ手を伸ばす。


いくつかの道具や紙片が入った中から、妹の書いたメモを丁寧に取り出した。

これだけは乱雑に扱いたくない。

妹の手書きの文字が、室内の淡い光で読み取れる。


このメモは、妹が学園で過ごす中で集めた断片的な情報や考察をまとめたものだ。

日記のような形式で、日ごとに短い記録が残っている。


“アリシアと高級なリアファール産の紅茶を飲んだ。とてもおいしかった”

“ミシャからネックレスをプレゼントしてもらった、何かお礼しなくちゃ”


そんな日記のようなものから、


“Cクラスの一部が怪しい動きをしている、裏で危険な取引があるようだ”

“危険な魔道具が出回っているらしい”


といった生々しい噂、信じがたい話まで書き込まれている。


中には“不正摘発の件で逆恨みをさらたようだが、正体はわからない”という不穏な記述もある。

メモには不正に関与したものや、犯罪に手を染めていると思わしき人物の名前がいくつも記載されていた。


彼女は学園理事会が設けた「倫理監査委員会」に所属しており、学園の闇に踏み込もうとしていたらしい。


それは多分、好奇心や正義感からの行動だったかもしれないが、リスクの大きい行為だ。

しかし妹は、学園に潜む不正、あるいは陰謀の正体を暴くために挑んでいたのだろう。


結果として、妹は意識不明となり、学園は“魔力暴走の事故”と説明した。

だが、彼女のメモを読む限り、Aクラスで最も優れた力を持つ者が暴走を起こすなど考えにくい。


「魔力暴走なんて……彼女がそんな下手を打つはずがない。

あれほど才気溢れ、冷静な制御ができたのに」


静かな独り言が、狭い部屋に滲む。

妹の名を呼びたくなるが、声に出すと胸が締め付けられそうで、代わりにメモをなぞる。


禁書庫はAランクでも気軽に入ることができない特殊な場所で、詳しい条件は公開されていないが、最低でもAランクである必要があるらしい。

そこには扱い方次第で悪用される危険な薬品や研究資料が保管されていると言われている。


妹の状態を回復させるために必要な“特殊な薬品の知識”がそこにあるのでは、とアルドは考えている。

さらに、Bランク以上でなければ利用できない科学施設で、先端的な解析装置を使う必要もある。

今のDクラス在籍では、どちらにも手が届かない。


精霊術なし、Dクラスの底辺――

この条件でAやBランク特権を得るまで昇格するなど、常人には夢のまた夢。不可能に近いだろう。


しかし、アルドは諦めない。

学術面は問題ないし、精霊術無しで戦う方法も考えている。


今は小さな進展だが、いずれは仲間を得て、Cクラス組織を叩くなど実績を積み、評価を上げれば不可能じゃないかもしれない。


「……証拠はないが、必ず真実を掴んで見せる」


アルドはメモを丁寧に折り、カバンに戻す。

妹が遭った理不尽を正すためにも、禁書庫の薬品知識や科学施設の設備が必要だ。


このボロい部屋で、ひとり決意を燃やす。

最上位の入場制限のある禁書庫、Bランク以上で使える科学施設。

そこへ到達するには、まずDクラスからC、Bと順に上がるのが王道だろう。


難題だが、可能性は消えていない。


「一人でできることには限界がある。

そう簡単に仲間を作ることはできないだろうが、

もう少しクラスの皆と仲良くしてみるか……」


もう一度、息を吐きながらつぶやく。

昨日は初めてのDクラス生活で少し疲れたが、これから何倍も困難な道が待ち受ける。

だが、涙を流して目覚めた今この瞬間、立ち止まるわけにはいかない。


アルドは顔を上げ、部屋の扉を見やる。

外には無数の壁があるだろう。

妹を救うための戦いは、まだ始まったばかり。


小さなランタンの光が、折り畳んだメモが入るカバンをかすかに照らす。

その光は弱いが、闇を切り裂く決意を象徴するには充分だった。

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