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13 暗躍する教団と聖女の影

ルーメン・テネブレの犯行が行われた直後、アルドはすでに発表会の会場を離れ、建物の影に身を潜めていた。ラフエルが暗殺された瞬間、離脱しようとするルーメン・テネブレの構成員の後を追ってこっそり会場を抜け出したのだ。おそらくはアリシアが彼を捜すかもしれないが、今はそれを待っている余裕などない。


(犯人が複数いて、連携して撤退したのは確実。あのまま会場に居残っても何も得られない)


走りながら、頭の中で状況を整理する。闇術・炎術・風術・水術……少なくとも4名以上はいた。撤退経路は学内の隠し通路か、あるいは外周を回る方法かは分からないが、何とか跡を辿ってみたい。試験会場からの逃走ルートはいくつもあるが、アルドは短い思考の末、人気のない裏手側に的を絞る。Bクラスの寮裏口、倉庫群のある一帯へ抜ける通りが怪しいと踏んでいた。


「……いたな」


気配を探ると、遠くの通路に人影が走っているのが見えた。控えめな足音だが、息が上ずっているようで少し荒く聞こえる。3人ほどの集団が慎重に振り返りながら移動しているようだ。周囲に警備や教師の姿はない。あるとしても、すでに別方向を探しているのだろう。


アルドは音を殺すために、靴裏の動きを最小限にして足を踏み出す。風が薄い雲を運び、月光を時折遮る。漆黒の闇が舞台装置のように彼の姿を隠すのに都合が良かった。闇術を操る連中が意図して作り出した環境だろうか、それを逆手に取らせてもらう。


先行する犯人グループは、やがて校舎裏を抜けて倉庫街へと入っていく。Bクラスの資材倉庫や廃棄された道具の置き場が集まったエリアだ。深夜になれば、まず人目につかないような場所。アルドは隙間から滑り込み、距離を保ちながら静かに追跡を続ける。


――やがて、物陰に囲まれた小さな中庭のようなスペースに出た。周囲には高い木箱やドラム缶が積まれ、かろうじて人二人通れる程度の路地が幾つか伸びている。そこに、逃げ込んだ犯人たち3人が集合していた。炎術を放っていた男、水術を扱うらしき女、それから風術で斬撃を飛ばしていた別の男――いずれも呼吸が荒く、互いの顔を見合わせている。


(先ほどホールで暴れていた連中だな)


アルドは暗がりの影で息を潜める。彼らは警戒しつつも、肩で息をしながら声を潜めて会話を始める。ここでアルドは“原型上書き”を使うべきかと一瞬逡巡した。


こんな薄暗がりで倒れている自分の身体を見つかるリスクはあるが、もしこのまま隠れているだけでは深い情報を得られず終わってしまうかもしれない。逆に今こそ、奴らが落ち着いているタイミングを狙えば大きなチャンスを掴める。思案の末、彼は短く息を吸い決断した。


(やるしかない。うまくやれば連中の密談をすべて盗み聞けるし、ボスの情報も聞き出せるかもしれない)


アルドは、死角を縫うようにそっと回り込み、3人のうち最も周囲に注意を払っていない男――炎術の使い手をターゲットに定めた。彼はさっきの戦闘でかなり体力を消耗したのか、ドラム缶に片肘を預けて休んでいる。そこへ気配を悟られぬようスッと左手を上げ、不可視の鎖のイメージを集中する。


(やつはかなり体力を消耗しているようだ……このままいけそうだな)


「……ん?おい、なんだ……?」


男は一瞬、背後に人の気配を感じたようだが、その瞬間にはアルドの不可視の鎖がすでに絡みつく形で魂を縛っていた。相手は抵抗の暇もなく、意識が麻痺したように脱力し、アルドの精神がスムーズに入り込んでいく。暗闇の中、わずかに男の瞳が白銀の光を帯び、続いてスッと力が戻るように立ち上がったのを、他の2人はあまり気に留めなかった。彼らも疲れており、仲間の不調を心配する余裕がないようだ。


「……具合が……悪い。少し黙らせてくれ……」


アルドは乗っ取った男の身体でわざと低く呟き、額に手を当ててみせる。頭痛でもあるかのように装う仕草に、風術の男が「大丈夫か?」と怪訝そうな顔を向けたが、「無理するなよ、さっき危ないところだったからな」とあっさり引き下がる。


(Bクラス相手は難しいかと思ったが、消耗の激しかったこいつは非接触でもいけたな……)


心の中で安堵しつつ、アルドは相手の会話に耳を澄ませる。


風術の男は苛立ち混じりに舌打ちしていた。


「チッ……しかし、あんなに手間取るとは思わなかったな」


水術の女も不満げに口を開く。


「仕方ないわよ。護衛が予想以上に多かったもの。おまけにアリシア・フォン・フェルベールまで来るなんて、誰が予想する?」


「ああ。まったく、あの女……。あそこまで派手な騒ぎを起こすつもりはなかったが、結果的にはラフエルを仕留められたし、目的は達成だろ。聖女様にも褒められるはずさ」


(聖女様……か)


アルドは原型閲覧で思考を探りたくなるが、深く踏み込めば記憶が逆流してしまうリスクがあるため我慢する。今は黙って、会話の断片をつなげれば十分。彼は額に触れたまま、相手に促されるがまま姿勢を保ち、声を抑えて続ける。


「……そ、そうだな……だが、次の計画もある……よな?」


「あぁ、もう少し休みたいが、次のターゲットはすでに決まってるらしい。次は大物の“マリア・シュト・シグラー”だ……。貴族派の連中が集まるあの施設で一網打尽にするんだっけか?」


水術の女が小さく頷く。


(……マリア・シュト・シグラーだと?)


「貴族派の集会にAクラスのものたちも現れる。そのチャンスに今回のように強襲するのよ。今度はもっと大人数を一気に裁く計画だそうよ」


アルドは自分のターゲットの名前が出たことに内心で戸惑うが、それより先に重要なのは“貴族派集会”だろう。間違いなくルーメン・テネブレとやらはその場で大量殺戮を行うつもりらしい。もしそれが成功すれば、学園がさらなる大混乱に陥るのは必至。その混乱をどう利用するか……アルドの思考が急激に回転する。


(作戦の実行は2週間後か……。B区画に入るためにアリシアと動くのか、あるいは俺一人でこっそり潜り込むためにヴァールノートを通じてB区画に入るか……。何か作戦を立てなくてはな)


風術の男が周囲を見渡して、「さて、もう向こうも落ち着いた頃だろう。場所を変えるぞ。聖女様のところへ報告に行くとしよう」と低く囁く。


残る二人も同意して、すぐに移動しようとする。アルドとしてはもう少し情報を集めたいところだったが、残してきたアリシアのことも気になるし、制限時間の問題もある。ある程度の情報は手に入れたと判断し、離脱することを決めた。


「……すまない、俺はもう少し休みたい。先に行ってくれ」


首を振ってモタつくフリをすると、風術の男は困惑しつつも気遣うような表情を見せる。


「大丈夫か、ゴードン。報告は俺とセナがしておく、無理せずに休んでいろ」と言い残してセナと呼ばれた水術の女とともに暗闇を抜けていく。


乗っ取られたゴードンと呼ばれる男をそのまま残していく形だ。


(さて、あとは居眠りでもしていたように装って元の身体に戻ろう……)


アルドは手頃な机に顔を伏せた状態で《アルキウム・オーバーライト》を解除した。


「ふぅ……」


意識が一瞬揺らめく。アルドは乗っ取っていた身体から離脱して自分の本体へと戻る。ゴードンは一時的な記憶喪失におちいるが、アルドは少し不審に思われる程度のリスクのために先程の男のアルキウムを破壊し“殺す”必要性は感じなかった。


炎術の男は意識を失ったまま机に伏せている。意識が戻った際は自分が寝てしまったのだと考えてくれるだろう。周囲には誰もいない。アルドは小さく息を整え、己の身体についた埃を払う。


「……2週間後の貴族派の集会か」


囁く声が冷たい風に溶ける。アリシアの助力は欲しいが、これ以上大っぴらに彼女を引き込むと、模倣犯との衝突を完全に阻止しかねない。アルドとしては、ルーメン・テネブレをうまく利用して貴族派を消耗させる手段を取るのも悪くない選択肢だ。


(あの組織がどれほど強力なのか未知数だが、聖女様とやらに一度接触してみる価値はあるな。二週間後の現場へ先回りして様子を見るとするか……)


わずかな思考の後、アルドは倉庫街を抜けようと踵を返す。


(さて、急いで会場に戻らないとな、アリシアがいなければ俺はD区画まで1人で戻ることができないし)


自分に言い聞かせるように、低く呟く。彼女を捨て置いて勝手に行動した罪悪感が少しあるが、計画のためには仕方がない。


こうしてアルドは教団“ルーメン・テネブレ”の計画を一端とはいえ知るに至った。2週間後、貴族派が集う施設で再び大規模な襲撃が起きるという事実。ボスと呼ばれる聖女がいること。さらに“マリア・シュト・シグラー”が次の目標らしいこと。


ここで得た情報をどう使っていくのか――アルドの胸中にはすでに複数の策略が渦巻いていた。

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