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12 襲撃

ホール内の熱気が頂点に達したのは、午後もかなり時間が経ってからだった。Bクラス主催の魔法技術研究会・新作発表会は予想以上の盛り上がりを見せ、Bクラスの生徒や各クラスの教師、さらには学園外部の見学者も少なくない。クラシックな魔道具からハイテクの新型魔法機器まで、幅広い展示が並び、それぞれブースを構えた学生たちが自らの研究成果をアピールしていた。


その中心に、慢心のオーラを放つラフエル・ド・ヘルネがいた。彼は取り巻きを引き連れ、舞台上で新型の杖のような魔道具を掲げるように誇示していた。そこにはきらびやかな細工が施され、一見すると芸術品のような美しさだが、中身は強力な火力を持つと言われる増幅器具らしい。


「さすがラフエル様!オルフェリウム製のフレームじゃないですか」


「フレイムルビーまで装飾されているなんて、上品なデザインだわ」


周囲には褒め称える者ばかりだ。こうした豪華さこそがラフエルの地位を象徴しているのだろう。


アリシアはホール内を警戒の目で巡回しながら、その派手な壇上を横目で見つめていた。ここは広いホールではあるが、観客が立ち止まれるスペースは限られており、中心部が急激に混みあう時間帯が増えている。さらに、あちこちのブースで繰り返されるデモンストレーションも手伝って、熱気と魔力の残滓が混ざり合い、空気が濃厚になっていた。


「リーシェ、どうする?」


アリシアは近づいてきた同伴者に小声で声をかける。グレーの監査委員補佐バッジを付けた“リーシェ”が、周囲に気を配りながら緩やかに一礼した。もちろん、アリシアはその実態がアルドであることを知っているが、ここでは公的立場を守るためにそう呼んでいる。


「ラフエルの近くにいたほうが良いかしら? それとも裏口方面を警戒する?」


「ラフエルのとこは、あいつの護衛がけっこう人数いるからな。目立って張り付くと逆に邪魔されるかもしれない。俺たちは少し距離をとりつつ、全体を見渡せるような位置に待機していたほうがいいかも」


アルドの提案に、アリシアは小さく頷く。ラフエル自身は魔道具の説明で上機嫌だが、その取り巻きや護衛も高い魔力を持つ者が多いと聞く。迂闊に近寄ればトラブルを生むだけだ。今は模倣犯がどこでどう動き出すのかを見極める方が得策だろう。


「じゃあ、ラフエルの姿は一応視界に入る位置をキープしつつ、裏に回ってみましょう。出入口はそこだけじゃないし、ステージ裏や準備室、廊下がどんな状況かも確認しておきたいわ」


アリシアがそう言って、二人はゆるやかに人混みをすり抜け、会場の右手奥へと足を進める。そこには楽屋や倉庫に繋がる通路があるという。途中、警備の教師が数名いるのを見かけるが、彼らはやや退屈げに立っているだけで、想像していたほどの厳戒態勢ではない。Bクラスとしては、大掛かりな襲撃が起こるなど想定していないのだろう。


時間が経つほどにブースの空気は一層熱を帯び始める。そろそろメインステージでラフエルが“新型魔道具の実演”をやる時間帯が近いという放送がかかり、観客たちは徐々にステージ前に集まり出した。ホール中央の人口密度が急激に増し、ざわめきが一層大きくなる。


(ちょうど盛り上がりの頂点、犯人が混乱を狙うならこのタイミングだろう……)


アルドは、わずかに拳を握る。先日、模倣犯がBクラスの貴族派を狙った不審死事件が起き、今回の標的はラフエルではないかと予測している。もし本当に“白銀の裁定者”を名乗る連中なら、こうした華やかな場で目立つ貴族を仕留め、恐怖と信仰を煽ろうとする可能性もある。


「やけに静かね……」


アリシアが小声で呟く。二人はステージ裏の廊下へ足を踏み入れていた。準備室や倉庫が並ぶここは、華やかなホールとは打って変わって薄暗く、人の往来はほとんどない。たまにスタッフと思しき学生が道具を抱えて通り抜けるが、長居する人はいない。


「……今のところ怪しい気配はないが。ま、犯人もバカじゃない、そう簡単に顔を出すとは思えない」


アルドが視線を巡らせつつ言い終えるや否や、ふいに天井の照明が少しだけ瞬く。軽い音がして、廊下が一瞬薄暗くなる。アリシアは、はっと顔を上げる。


「照明が……また、何かトラブル?」


すると、背後のホールからにぎやかな人声が聞こえてきた。少し遠いが、ざわつくような騒音――具体的には悲鳴、もしくは驚いた声に近い。アルドとアリシアは目を合わせ、一拍遅れて駆け出す。何かが起こったに違いない。


「まずい、行こう!」


アリシアの声に背を押されるように、アルドは来た道を戻る。すでにホールの大半が暗転し、非常灯に近いぼんやりした明かりの中で人々が騒いでいるのが見えた。まるでイベントの演出かとも思えるが、この空気は明らかに不穏だ。後方では誰かが小さく悲鳴を上げ、教師の怒声が混ざる。


「きゃあっ……! なんなの、この暗さ……?」


「落ち着け! みんな一旦下がれ!」


さまざまな声が入り乱れる中、ステージ裏からは黒い霧のようなものがじわじわと吹き出していた。アリシアの瞳が震える。


「……闇術、かもしれないわ」


先日の模倣犯を想起させる“闇”の気配がはっきりとする。アルドは顔を強張らせながら、ステージを横切ろうとする。すると視界の先、ラフエルと数名の取り巻きが、照明の落ちたステージ脇で肩を寄せ合っているのがわかった。その護衛数名が周囲を警戒しているが、妙に落ち着かない表情だ。



アリシアは無言で光属性の術式を展開し、さっと宙を撫でるように手を動かして小さな光球を作り出す。暗いホールをわずかに照らし、周囲の動きを見やすくするのだが、次の瞬間、光球が揺らぐ。


「何……?」


闇の霧が、まるで生き物のように波打ち、アリシアの光を押し返すように広がっていく。薄闇の彼方から誰かの術が放たれたのだろう。ホール中央にピリピリと魔力の静電気が走るような感触がある。


(もう始まったか……!)


思わずアルドは構えを取るが、自分が下手にナジャの力を使うわけにもいかない。だが、これではアリシアが一人で対処するのは荷が重いかもしれない。そう思った矢先、闇の霧の奥から複数の暗い人影が走り込んでくるのが見えた。


「うわっ……火が……!」


その中の一人が大きく杖を振り、炎を放った。向かった先はラフエルの取り巻きが固めているステージ脇。そのうち何名かが咄嗟に魔力バリアを展開しようとするが、闇の視界不良もあって思うようにいかない。勢いのある火炎がバリアの隙間を突き焼き尽くす。苦鳴が飛び交い、取り巻きたちは倒れこんでしまう者が続出した。


「まずいな……」とアルドが唸る。


やはり複数の術者がいるらしい。それぞれが闇術を中心に、炎やら風やらを連携させている。まるで分業するように複数属性が重なっており、先日の“模倣犯”の噂通りに組織的な行動を取っているようだ。


「私がやるわ……」


アリシアは光術で霧を散らすべく全力を注ぐ。明るい閃光が何度か走るが、すぐに別の闇の波が押し返してくる。視界が安定せず、焦燥感が募る。と、その時、霧の中から赤い光の弾丸が放たれ、アリシアの横腹を狙ってきた。


「危ない……!」


アルドが反射的に体を寄せ、アリシアを抱きとめるように引き倒す。火球が彼の肩口を掠める形になり、彼は「ぐっ……!」と苦痛を押し殺して耐えた。


アリシアはアルドにしがみつく形で倒れ込み、すぐに目を見開く。


「だ、大丈夫!? 火傷は……」


「平気だ。軽いものだ……そっちは?」


アリシアは首を振り、「私は無事。ありがとう……」と息を整える。二人が視線を交わす間にも、闇の霧が状況をさらに悪化させ、人々が逃げ惑っている。ラフエルの取り巻きが悲鳴を上げ、数名はもう倒れ伏して動かない様子だ。


「……ッ。アリシア、ここは俺が何とかするから、お前は本命のラフエルのほうへ行ってくれ! あいつがどうなっているか分からない!」


アルドの言葉に、アリシアはハッとして頷く。


「わかった、気をつけて……」とだけ言い残し、霧の奥へ駆け出していく。


彼女は光を灯しながら敵の術を牽制し、何とかラフエルを保護しようというのだろう。アルドはアリシアを見送りつつ、近づいてきた闇の人影を少しでも引きつけるよう、あえて逆方向へ走るフリをする。


(どうやらやつらは監査委員も攻撃対象にしているようだな……)


何本もの風の刃が宙を走り、アルドは転がるように回避する。火の粉や冷たい水弾が飛んできて、周囲のブースを焼き溶かしたり凍り付かせたり。見物していた一般学生もすっかり腰を抜かして隅にしゃがみ込んでいた。


「さて、俺は俺のやり方でやらせてもらおうか……」


もちろん、この場でできることは限られている。だが、アリシアの目がない場所で自由に動けるのはありがたい。


燃え盛る炎が別のブースの壁を焦がし、黒い煙が天井に向かって立ち上っていく。


熱風がアルドの髪を逆立て、周囲の観客の悲鳴が耳をつんざく。人々は我先にと出口を目指して押し合いへし合い、会場は完全にパニック状態に陥っていた。


アルドは倒れた展示台の陰に身を隠し、騒然とするホール内を冷静に観察した。闇の霧は未だ濃く、視界は悪いが、数人の人影が動き回っているのがわかる。彼らは明確な目的を持って行動しており、無差別に攻撃しているわけではない。ラフエルとその取り巻きを狙っているのは明らかだった。


(この混乱に乗じて、奴らの動きを探るか…。アリシアがラフエルを保護しようとしている間に、連中の狙いや手口、そして何よりも…やつらの正体を拝んでおくとしよう)


アルドは物陰からそっと顔を出し、闇の霧の奥を睨みつけた。





一方、アリシアはラフエルの姿を探すべく暗闇を進んでいた。光術を使って視界を確保しようとしても、黒霧は絶えず揺らぎ、濃淡を変えて妨害してくる。足元には倒れ込む生徒もいて、辺りは混沌としている。そこに紛れ込むように闇術の使い手数名が走り回り、取り巻きたちを次々と倒していく。風や炎、氷など、複数の属性で分業するこの犯人グループは、連携がとれているのが見て取れた。


「ラフエルはどこ!?――」


アリシアが叫びながら駆け込むと、霧の向こう側でラフエルらしき声が聞こえた。しかし、すぐに短い絶叫へと変わる。アリシアの心臓がドキリと跳ね、「待って!」と叫んでも、返事はない。霧のさらに奥へ走った瞬間、視界にラフエルの背中が映るが、次の瞬間には黒い刃のようなものがラフエルの胸を貫いていた。


「……なっ……」


唇が震えた。闇属性による殺害……特に外傷を残さず肉体を内部から崩す方法だとすれば、致命傷の可能性が高い。ほんの一瞬、ラフエルの目が絶望に染まり、口が開きかける。叫ぶ間もなく膝をついて前のめりに崩れ落ちた。周囲の護衛らも倒れていて、なすすべなく視線が宙をさまよっている。


「ラフエル……!」


駆け寄ったアリシアは間に合わず、彼の体を反転させて息を確認するが、かすかな痙攣が残るだけで、もうどうにもならない。血の跡はほとんどなく、まるで心臓の奥を直接えぐられたように硬直している。息絶えた表情からは強烈な苦痛と恐怖が見える。


「くっ……」


アリシアは自身が何もできなかった無力感を噛み締めた。


怒りで拳を握るが、次の瞬間、闇の霧がさらに濃くなる。犯人グループが撤退しようとしているのが分かる。


アリシアは顔を上げ、「待ちなさい!」と声を張り上げるが、霧から逆流する風弾に阻まれ、足を踏み出せずにいる。倒れた護衛たちを踏み越えて追おうとするが、一発の冷気弾が飛び込み、「……っ!」と結界で必死に防ぐ。そのわずかな隙のうちに、暗がりの人影は完全に姿を消してしまった。


(逃げられた……!)


アリシアは悔しさに胸を掻きむしるような思いだ。目の前でラフエルが殺され、取り巻きも大半が倒されている。周囲は瓦礫や、ブースの残骸が散乱し、魔道具が転がって火花を散らす。人々はある者は伏せ、ある者は隅に逃げて震え、悲鳴や嘆きが尾を引いていた。


逃走した犯人の足取りを追いたいが、あの闇術が厄介すぎる上に人数も不明だ。アリシアが唇を噛みしめて立ちすくんでいると、急に明かりが戻り始めた。照明が復旧したのか、ホールは薄ぼんやりと照らされるようになる。だが、その頃にはすでに模倣犯たちの姿は見えなくなっていた。


「……ルーメン・テネブレ……」


ラフエルの亡骸をもう一度見下ろしながら、アリシアは肩を落とす。見てしまった。彼が外傷なく倒れる一瞬を。まさに先日の“傷なき死体”と同様の手口が使われ、しかもそれを複数の属性術でサポートしている組織的行動だった。いったい誰が、なぜここまで手の込んだ殺害を……。


「ごめんなさい、私……止められなかった……」


苦悶に染まった声が震える。貴族派とはいえ、生徒のひとりが命を落としたのだ。自分に見殺しにさせたような後悔が襲ってくる。目頭が熱くなりかけたとき、周囲がざわめいて教師や他の監査委員が駆けつける気配がした。彼女は必死に涙を飲みこみ、監査委員の責務としてまずは現場を確認しなければと頭を切り替える。


(結局、私は学園でいち早く事件の可能性を考えて動いたのに、犯人を捕まえられなかった……。ラフエルが貴族派かどうかなんて関係ない。命を救えなかった事実が、こんなに苦しいだなんて)


拳を強く握り、唇を噛む。誰もが引き上げていく会場に一人取り残されるように感じて、徐々に視界が滲みそうになる。そういえば彼は無事かしら、アリシアは周囲を見渡すがアルドの姿は見当たらない。


「あれ……いない……」


少し前まで、アルドは彼女のそばにいた。火の弾丸からアリシアを救い、彼女を労わるような表情を浮かべていたのに。そのアルドは今、どこにも見えない。アリシアの胸に小さな違和感が走る。


だが、その場はめまぐるしく時間が過ぎ、遺体の回収や負傷者の救護が始まる。アリシアは教員の指示を手伝い、観客の誘導を始めた。

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