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09 新たな力の可能性

アリシアと話した後、アルドはDクラス棟を抜けて人気の少ない裏道を通り居住区の寮へ向かう。


「……もう少しで寮だな」


夜風が吹き抜け、肩にかかる茶色いウィッグをわずかに揺らす。本来の銀髪を隠すための偽装だが、それも最近は苦にならなくなっている。妹の名を騙ることへの罪悪感は消えてはいないが、慣れというのは怖いものだ。


深く息をつきながら、先ほどのアリシアとの会話で思いついたことをナジャに尋ねる。


「なあ、ナジャ。この殺害が闇属性術の仕業だとして、俺もお前の力をうまいこと応用して闇属性の術を偽れないかと思ったんだが……」


今後、貴族派を暗殺する際、闇属性を騙れば逆に”模倣犯”を模倣することができ、アリシアへの隠蔽に役立つだろう、と。


脳裏へナジャの冷ややかな声が響く。


(……前にも言ったが、妾の力はあくまでアルキウムへの干渉。魂や精神など“内部の世界”へはいかようにも干渉できるが、物理現象――外部世界へ傷をつけたり属性攻撃を繰り出したりはできぬよ)


「まぁ、そうだよな。もし、”闇の精霊術”を偽ることができれば、俺が模倣犯として復讐を行える。そうすればアリシアにバレることはないかなと思ったが……」


脳裏で返ってきたナジャの声は冷たく、呆れたような響きを帯びている。


(妾は汝が何をせようとも咎めはせぬが、露見せぬからといって“アリシアとの誓約を破った”という事実は変わらぬぞ)


ぐさりと胸を刺される言葉だった。


(……分かってる。アリシアは喜んでいたし、あの笑顔を二度と曇らせたくはないが、俺は復讐を止めることはできない)


アルドは()()胸に強い痛みを抱いた。


心の中にあるジレンマを吐き出すように思念で言う。

数秒の静寂があったが、やがてナジャの声が低く響いた。


(……闇属性術を偽装するのは難しいじゃろうが、他者の精霊術を使う手段はあるかもしれぬ)


「他者の精霊術……?」


思わず足を止める。狭い裏道に埃まじりの風が吹き抜け、遠くの灯りがちらつくばかりで、人通りはまるでない。


(妾も確信はないが、アルキウム干渉によって、相手がもつ“精霊との繋がり”を複製し、使用することができるかもしれん。あくまで“実験的”な発想じゃがな)


アルドは目を見開く。そんな事が可能なのか、と驚きつつ、同時に興奮を抑えきれない。ナジャが言うには、まさに“他人の精霊術”を使うことができるというではないか。


仮に闇属性の契約者からその“精霊との繋がり”をコピーできれば、アルド自身も闇術を扱えるかもしれない。


(汝は精霊術がどのようにして扱われるかは知っているか?)


(精霊と契約し、その精霊の力を借り受ける形で魔術を行使する……んだよな? 精霊との絆を育むことでより精霊の力を引き出せると言われているが……)


かつての学園講義を思い出す。精霊とは自然の要素を司る超常存在で、人間と契約を結び、魔術という形で力を貸してくれる――というのが一般的な理解。長期契約や相性の良さが、術者の能力アップにつながると散々学んできた。


(その認識で間違ってはおらぬが、精霊は”言語”や”感情”をもって人間に力を貸しているわけではない)


夜闇の風が微かに吹く。アルドは眉を寄せ、ナジャの返答に小さく首を傾げた。言語も感情もない――それでいて契約を交わすというのは、一体どういう理屈なのだろう。


「何だと!?」


思わず声を出しそうになったが、慌てて周囲を見回して自制する。周囲には誰もいないようで、ホッと胸を撫で下ろした。


(精霊語などと呼ばるものもあるが、あれは人が作ったもので精霊が精霊語で話しているわけではない)


アルドはその言葉に衝撃を受け、足をわずかに引きずる。たしかに、学園の教本でも“精霊語”は術者の発声や詠唱のための媒体に過ぎないと説明されていた。しかし、大半の人間は「精霊が精霊語を理解して応えている」と勘違いしているものだ。


「だが、現に精霊術は長期の契約によって力が増すことが知られている、精霊が力を多く分け与えているという説には十分な説得力があるし、研究結果も多いぞ」


アルドは学術書で学んだ学説を口にしながら、ナジャが言う理屈との乖離を頭の中で整理しようとする。長期契約による力の上昇は、多くの実験で証明済み。なのに、精霊に言語や感情がないというのなら、その“協力関係”は何を基盤に築かれているのか。


(精霊が見ているのは契約者の()()()()のようなものじゃ、”精霊との対話”というのは精神世界での言語を介さないコミュニケーションであり互いの意思疎通というものは非常に希薄だ)


なるほど、とアルドは小さく息を吐く。そもそも精霊が契約者を選ぶ理由は「魂の波長」や「本質」を感知しているから――そんな説は耳にしたことがある。しかし多くの人間は、その波長を“言語”や“会話”の形で解釈しているのかもしれない。


(妾のように言語を介して人間と話すことができる精霊などおらんからな)


ナジャの言い方に思わず苦笑しそうになる。こんなにも饒舌に対話できる精霊が他にいれば、学園の教科書もまったく別のものになっていたはずだ。


夜気が肌を撫でるように流れ込んだ。広場を横切る前に、ナジャの言葉をさらに引き出してみる。


(それで、話が戻るがーー精霊との”契約”、そして精霊との”絆”というものは()()にあると思う?)


その問いかけに、アルドはハッとする。まさか、アルキウムへの干渉で、他人の精霊との関係にまでアクセスできるのか――と直感的に悟り、ドキリと胸が高鳴った。


(……つまり、アルキウムへの干渉で精霊との関係に干渉できるというのか?)


(まぁ、やったことはないが、理論上は可能だろう……)


思えば、アルドは原型上書き《アルキウム・オーバーライト》で人の存在を破壊したり、原型閲覧アルキウム・リードで記憶を覗いたりしてきた。アルキウムは魂の根幹であり、そこには精霊とのつながりの情報も刻まれている。だとすれば――。


(つまり、人の精霊術を奪ったり、借りたりできるということか?)


そのアイデアにワクワクする思いと、背筋を撫でる悪寒が混在する。もしそれができるなら、闇術を扱えるどころの話ではない。妹リーシェを傷つけた貴族派を始末する際、手口を変えることも容易になるかもしれないし、強大な敵にも対抗しうる力が得られる。


(そうじゃな、原型閲覧や原型改変のように直接触れて相手のアルキウムへアクセスする必要はあるが、相手の存在に刻みつけられた精霊との関係を改変し破壊したり、精霊との関係を自身に書き込み”複写”することも可能じゃ)


ナジャの返答に、アルドの胸は激しく高鳴った。勢い余って夜の石畳を踏みしめ、思わず小さな声が漏れる。


「凄まじいな……いや、まぁ”原型上書き”だけでも一撃で相手の存在を破壊できるが、殺さず精霊術だけを”破壊”したり"奪取"できるというのは一つのメリットだろう」


(いや、だが、原型閲覧のように記憶流出などのデメリットがあるのであれば生かしておくことはできないか……)


アルドは自分の経験を思い返す。記憶を覗くだけでも互いに意識が流入し合う危険があった。もし精霊との契約情報まで手を出せば、また新たなリスクがあるだろうし、現実的にどこまで制御できるかは未知数だ。


(記憶の流出の心配はしなくても大丈夫じゃ。精霊チャンネル……とでも呼称しようか。別の存在と同じ階層へアクセスすることによって記憶流出などのリスクが有るのは知ってのとおりだが、精霊チャンネルは同一階層でも記憶や精神といった領域とは全く異なる別のチャンネルじゃ)


アルドは思わず息を止める。ということは、記憶の衝突や精神汚染に怯えずに、他者の精霊契約だけをコピーできるというわけか。


(しかし、なぜ精霊チャンネルへの干渉は記憶流出のリスクが無いんだ?)


(そうじゃな……例えるなら、記憶が図書館の本棚だとすれば、精霊チャンネルは地下水脈のようなものじゃ。同じ場所にありながら、全く別の性質を持つ。本棚は目に見える形で情報を保持しているが、地下水脈は地中深くを流れ、地表にはその存在をわずかに示すだけじゃ。記憶は整理され、固定された情報、精霊チャンネルは絶えず流れ、変化する、捉えどころのない繋がりと言ったところかの。記憶は個々の情報が書かれた書物、精霊チャンネルはそれらを育む大地の血脈、と言い換えても良いじゃろう)


アルドは小さく息を吐いた。記憶は個々の情報として明確に区別できるが、精霊との繋がりはより根源的で、捉えどころのないもの、そして絶えず変化するものということか。だからこそ、記憶領域に干渉するような意識の流入は起こらない、と。


(自体は複雑化してきている、自分の力が相手に知られた場合は”偽装”できるというだけで道は多い。それに記憶流出を起こさずに相手の力を使えるのであれば”殺さない”相手に対しても使えるだろう)


(だが、それと相手の精霊術を”複写”することはできても長くはもたん。汝の精霊チャンネルのリソースは妾が占有してしまっておるのでな)


「なるほどな……。でも、短時間であれば問題はないのだろう? 」


(まぁ、記憶領域への干渉と比べればリスクは少ないが、精霊との繋がりを改変したり複写することへのリスクは依然として残る。それに負荷も大きいからあまりあてにはしないほうがいいぞ。例えるなら、細い管で大量の水を無理やり通すようなものじゃ。管にひびが入るかもしれんし、水が溢れて制御を失うかもしれん)


「十分だ。良い話を聞けた、ありがとな、ナジャ」


声にならない会話を終えると、アルドはそこから再び歩き始める。夜風が、リーシェ姿の茶髪をそっと撫でる。目には見えないが、彼の深層意識に鎮座するナジャが微かな吐息を漏らしたような気がした。


“精霊チャンネルを複写する”という考え方。この学園に潜む闇属性の術者がいれば、アルドが闇術を使うことも不可能ではない。いや、この力をうまく扱えば闇術を使うまでもなく、普通に"精霊術師に殺された"という状況証拠のみで相手を消し去ることができる。”不審死”にはならない。


(まぁ……アリシアとの約束を破ることに変わりはないがな……)


自嘲気味に笑みを浮かべながら、アルドは肩をひねって寮の門をくぐった。扉がきしむように開き、備え付けの灯火が薄ぼんやりとアルドを迎える。


どこかで“模倣犯”が動いているかもしれないが、アルドにはいま具体的に手を出す算段はない。けれど、新たに浮上した“原型複写”という希望が胸に宿り、眠りに就く前の不安をわずかに和らげてくれた。


今宵もまた、不条理な夢に襲われるかもしれない。

それでも、何もしないまま動けない停滞の日々よりは、はるかにマシだと心の中で呟き、まぶたを閉じた。


自嘲気味に笑みを浮かべながら、アルドは肩をひねって寮の門をくぐった。扉がきしむように開き、備え付けの灯火が薄ぼんやりとアルドを迎える。


どこかで“模倣犯”が動いているかもしれないが、アルドにはいま具体的に手を出す算段はない。けれど、新たに浮上した“原型複写”という希望が胸に宿り、眠りに就く前の不安をわずかに和らげてくれた。


今宵もまた、不条理な夢に襲われるかもしれない。

それでも、何もしないまま動けない停滞の日々よりは、はるかにマシだと心の中で呟き、まぶたを閉じた。

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