05 偽りの誓い
人気の少ない裏庭の角で、アルドとアリシアは向かい合った。芝生が少し青く、風が緩やかに吹き抜ける。アリシアの金の髪がなびくのを、見つめながら、アルドが先に口を開く。
「やあ、アリシア……どうやら君は全部知っていて黙っていてくれるのかなと俺は思っていたんだが……」
アリシアは視線を伏せ、数秒ためらった後、しっかりとアルドを見据えた。
「ええ。試験のあの日……あなたに助けられたとき、ほとんど確信したわ。あなたが……“暗闇の処刑人”であり、本当はリーシェじゃないことも」
「……まぁ、そうだろうね」
意外にも自分の口からそれを認めると言葉が軽くなる。ただ、妹の名を騙ってきた罪悪感が胸をかすかに疼かせた。
「それで……捕まえるために来た?」
彼女は首を横に振る。
「いいえ、私はあなたの敵にはならない」
(本当に……?)
内心で驚きながら、同時に少し安堵した。やはり彼女は俺を捕まえるつもりはないらしい。
「どうして……? なぜ”正義の監査委員”である君が、俺を見逃す?」
「正義なんかじゃないわ……でも、あなたがリーシェを救うために動いていること、それを知っているから」
アリシアは苦しげな笑みを浮かべ小さく声を落とした。
アルドの心臓がドクンと音を立てる。妹リーシェがいまだ眠り続けたままということを知られたことで、あの日までずっと隠してきた感情が引きずり出されるような気がした。
「……そうか、ありがとう」
思わず漏らした言葉に、アリシアは少し眉を寄せる。
アリシアがこちらを真っ直ぐに見据える。その顔には、先ほどまでと違う、しっかりとした覚悟がにじんでいた。まっすぐ伸びた背筋、きりりと引き結んだ唇。まるで、これから大事な言葉を切り出すときのため息すら飲み込んでいるようだった。
アルドは内心で覚悟しながらも、わずかに眉を動かす。彼女がそこで口を開くまでは、わずかな沈黙が宙を漂った。中庭の風が軽く草を揺らし、遠くからは他の生徒の声が微かに響いてくる。だが、ここにいる二人の世界は一気に静まり返ったかのようだ。
やがて、アリシアの唇が動いた。彼女がいつになく真剣な面持ちで言葉を発する様子に、アルドは自然と身構える。
「もう、殺しはしないで。私は……あなたのやり方を肯定できないし、これ以上罪を犯してほしくないの。敵にはならないと言ったけど、黙って見ていることはできないから」
ひとつひとつの単語が、凛とした声音に乗ってアルドの耳に飛び込む。彼女の声にはどこか温かさも混じっていて、その情が胸をチクリと刺した。いつもなら、むしろ自分の正体を知った相手からは糾弾や嫌悪を向けられるのが自然だろう。だが、アリシアは違っていた。
どう応えようか考える間もなく、アリシアはまぶたを伏せ、強い意志のこもった瞳で再びこちらを見返す。言葉を継ぐまでの沈黙がわずか数秒あったが、アルドには永遠のように感じられた。周囲の空気が一瞬凍ったかのように、心拍だけがやけに耳に響く。
「……また昨日も貴族派を殺したわね」
彼女がそう切り出すと同時に、アルドはぐっと身を強張らせる。
(また昨日も? ――いや、それは俺じゃない……)
アリシアは見逃さないようにアルドの表情を注視している。アルドは唇を引き結び、低く息を吐くように言った。
「あぁ、それか……信じてもらえるとは思わないが、その犯人は俺じゃない」
自分の立場に置き換えれば、あまりに都合の良い言い訳に聞こえるだろう。
それを分かっていながらも、今のアルドには事実を伝えるほかに手段はない。彼女が警戒や疑念を抱くのも当然だと考えていた。
だが――
アリシアはまるで確かめるように、細めた瞳でアルドを見つめ、静かに言い放つ。
「信じるわ」
その言葉に、アルドは強く息を飲んだ。
普通なら「嘘でしょ」と思ってもおかしくないだろうに、アリシアは即答ともいえる速度で“信じる”と断言した。その心の広さや純粋さ、あるいは自分への不思議な感情――何に突き動かされているのか、アルドには分からない。
「……いや、信じてもらえるのは助かるが、さすがに無理があるだろう」
彼女の立場を思えば、ここで「分かった、信じる」というのはどう考えても不自然だ。
アルドが彼女の立場だったら、絶対に疑うはず。アリシアがどうしてそう言うのかと戸惑いながらも、アルドは目を伏せるようにして視線を逸らした。彼女は相手が何を抱えていようとも、自分の直感に従って相手を信じることができる人間なのだろうか?
「そうだ、記憶共有をしてもいい。俺が無実だということを証明して見せよう」
アルドは冷静を保とうとしながら、それでも少し必死に提案する。自分の記憶や精神干渉によって、アルドがまったく関与していないことを見せられるかもしれない。通常ならば、他者のアルキウムに触れるのは避けたいが、彼女相手であればやむを得ない手段だ。
ところが、アリシアは驚いた顔を見せ、まるでその提案そのものから逃げるように焦った様子になる。アルドが記憶共有のために彼女の腕にそっと手を伸ばそうとした瞬間、彼女は一歩後ろに下がって首を振った。
「だ、大丈夫、本当に信じてるから!」
小さく赤面したような気配を漂わせつつ、半ば強制的に話を打ち切る。ついさっきまでの堂々とした口調とは違い、少し慌てていて、その姿が愛らしいとすら思える。
彼女は私の気持ちがどうとかぶつぶつと何かを低く呟いている。どうやら、記憶共有によって自分の感情や記憶を知られたくないという感じのようだ。
「そ、それより、昨日の件があなたじゃないというなら誰がやっているか心当たりはあるの?」
彼女はすぐに話題を切り替え、先ほどの動揺を誤魔化すように少し強めの口調で尋ねる。アルドは小さく息を吐きながら答えた。
「いや、まったくないな。……強いて言えば、貴族を恨んでいる反貴族組織、ヴァールノートかもと推測するくらいだが、確証はない」
心当たりと言えば本当にその程度しかない。自分が殺していない以上、似た手口で貴族を狙う集団が他にあるとすれば、ヴァールノートのように貴族派を嫌う組織くらいしか思いつかないのが実情だ。しかし、彼らに“暗闇の処刑人”を真似るほどの模倣ができるかは疑問だ。
「とはいえ、何者かが俺の手口を真似ているのは事実だ。傷もなく殺し、まるで魂を抜かれたような死体を残す……都合のいい面もあるけれど、正直不気味だな」
アルドが、まるで他人事のように軽く言い放つ。けれど、その語尾にはわずかな剣呑さがにじんでいた。ある種の苛立ちと戸惑い、そして計算めいた冷静さが同居する声音。アリシアは、その微妙な空気を感じ取り、眉をひそめる。
「都合がいい……?」
彼女は小さく首をかしげ、訝しそうな表情を浮かべた。アルドは、そんなアリシアの反応を横目で見やりながら、さらに言葉を継ぐ。
「俺は復讐の途中だけど、今は手が出せない。だから勝手に誰かが貴族派を殺してくれれば、敵が減るという意味ではまあ……ね」
そこまで言った瞬間、アリシアの瞳に明らかな困惑が走る。「そんな……」と呟こうとしてから、息を呑むように口を閉じてしまった。その微妙な表情は、アルドの言葉に嫌悪を抱いたのかもしれない。けれど、それだけではない。まるでアルドを完全に否定したくないという気持ちも、同時に働いているように見える。微妙な感情の揺れが、アリシアの唇の端にかすかな陰を落としていた。
アルドはアリシアの複雑な反応に気づきながらも、次の言葉を淡々と紡ぐ。
「だけど、真似る者が何を狙っているか分からないし、別に困りはしないが俺の犯行だと罪をなすりつけられている以上、真相くらいは知っておきたい」
内心では“利用できるかもしれない”という狡猾な思いが渦巻いていても、それをわざわざアリシアに教えるつもりはない。彼女は、己の正義観ゆえにその種のダークな思考を拒むだろうし、深く言えば余計に警戒心を抱かれるだけだ。
アリシアはそこまで話を聞き、真剣な眼差しでアルドを見据えた。
「私、犯人を止めたい……。学園でこれ以上殺人なんて起きてほしくない。あなたが犯人じゃないって分かった以上、今度はその模倣犯を止めなくちゃ」
凛とした声に揺るがない意志が宿る。アルドは、改めて“アリシアらしさ”を感じる。恐れずに前を向く彼女の姿を目にすると、不思議な安堵が心をよぎる一方、目指す道の違いを思い知らされるようでもあった。
「まあ、俺も犯人の正体には興味がある。放置しておくと余計な波紋が広がりそうだから、いっそ正体を突き止めたい気持ちもある」
アルドは大げさに肩をすくめてみせる。実際は、もっと別の考え――復讐の下準備に利用するなり、牽制対象にするなり――が頭を巡っているのだが、あくまで表向きはこんな言い方をするしかない。
そんなアルドの思考を知ってか知らずか、アリシアは提案を口にした。
「なら、一緒に犯人を追いましょうか……?」
彼女がまっすぐに目を合わせる。その瞳には迷いがありながらも、決して揺るがない正義感が透けて見えた。アルドは一瞬、言葉を詰まらせそうになる。
「私は禁書庫へのアクセス権は持たないけれど、化学施設へは入ることができるわ」
アリシアは真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「あなたが殺しを止めると言うのなら私は全力であなたのサポートをする。だから、もう殺しという手段での復讐はやめて欲しいの」
最後の言葉には、強い切実さが感じられた。アリシアがアルドを正義の敵として討とうとしていないことは明らかだ。むしろ、“人を殺す道を歩まないでほしい”という心からの懇願のようにさえ聞こえる。彼女の頼みを拒んだら、きっと悲しい顔をするのだろう。アルドは胸が痛む気がした。
「証拠を掴めば私が必ず法に則り彼らを裁く、だからお願いーーもう、殺さないで」
沈黙が落ちる。アルドの脳裏には妹の姿が過ぎった。必死に助けを求めていた妹を救えなかった苦しみ、そして今も意識不明のまま眠る妹を思うと、復讐の手を止めるわけにはいかないという意識が強く沸き上がる。一方で、アリシアの言葉が示すように、彼女は本気でアルドを救おうとしているのだろう――妹のために施設を使う手伝いをするとまで言っている。
(ここで「殺し続ける」と言い切ったら、この協力の話は消えてしまうだろう。妹を助けるには彼女の立場が絶対に必要だ……)
心の中で、妹の命と復讐を天秤にかける瞬間が訪れる。もちろん妹を救うことが最優先だ。復讐は後回しでも構わない、と一時は理性が言う。だが完全に諦めるとまでは言えなかった。アルドは逡巡を飲み込んだ末、小さく息をつく。
「わかった、もう殺しはしないよ」
アリシアはその言葉に目を見開いたかと思うと、次の瞬間、ぱあっと顔が明るみを帯びる。口元がほころび、まるで安心しきったようにホッと笑みを浮かべた。
アリシアの笑顔を目にしたアルドは胸がきゅっと締まる感覚を覚える――何故こんなにも喜ぶのか。
(だけど、復讐を完全に捨てるつもりはない。チャンスがあれば……)
アルドの内心を知らないアリシアは、素直に「ありがとう」と言い、そして言葉を続けられずに満面の微笑だけを浮かべた。彼女の表情には救いに対する喜びがあふれ、アルドはどうしようもなく後ろめたさを感じる。彼女を騙すような罪悪感が胸に疼いたが、アルドも無理やり笑顔を作る。
(自分の復讐のために……俺は嘘をついていることになる。でも、妹を助ける方が大事なのは間違いない。復讐はしないとは言ったが……まぁバレなければいい話だろう)
アリシアの嬉しそうな笑みを見ていると、胸が痛む。遠慮がちに意識を反らすアルドに気づいたのか、彼女ははにかむように少しだけ目を伏せた。ほんの一瞬の沈黙が、二人の間を優しく揺らし、そして彼女が再び顔を上げるときには、瞳が輝いている。
「本当に、ありがとう……。安心したわ。私、あなたが殺人から解放されるように何でも協力するわね」
アルドはごまかすように笑う。
「ま、今は、模倣犯に焦点を合わせておけばいいだろう。実際、犯人が誰なのか掴めれば、俺も安心できる」
そう割り切るように言ってから、ふとアリシアの表情を伺う。今のところ、彼女は笑みを浮かべているが、その裏側にある感情は分からない。喜びと同時に、一抹の不安や揺らぎがあるかもしれないが、彼女自身まだ整理できていないのだろう。
(決して嘘を暴いてはいけない。アリシアとの“約束”を大っぴらに破れば、すべてが終わってしまう。でも、俺には妹を害したやつらを見逃すことはできない――)
アルドは心の底で小さく息を吐き出した。“もう殺しはしない”と誓ったところで、機会があれば、必ず仇を葬る――その決意は揺るがない。悲しいかな、妹を奪われた怒りはそれほど強く、どれほどアリシアが笑顔で報われてほしいと言おうとも、乗り越えられない壁がそこにある。彼女への後ろめたさが今は焼けるように胸を締め付けるが、仕方がないと自分に言い聞かせるしかない。
そうして二人の“約束”は成り立った。アリシアは安堵の面持ちで、アルドが“殺しをしない”と宣言してくれたことを大きく受け止めている。一方のアルドは、あくまで表面上の話として受け止めつつ、今後の行動をどうすれば最小限の衝突で済ませられるか、冷静に計算し始める。
やがて、ふとした沈黙の後、アリシアは思い出したように背筋を伸ばし、「いけない、早く戻らなくちゃ」とそわそわする。
「じゃ、じゃあ私はこれで。模倣犯のこと、また連絡するから」
そう言い残してアリシアは踵を返し、足早に立ち去ろうとした。
「待ってくれ……連絡はどうする? 俺のクラスにまた来てくれるのか?」
「……そうね、私はこちらに来れるけど、あなたはこれないものね……」
彼女は低く静かな口調で言うと、続けて思いついたように声を弾ませた。
「あ、そうだ。あなたを倫理監査委員の補佐官に申請してみるわ! 私はリーシェの後任として入ったばかりだし、リーシェは1年の頃に倫理監査委員の実績がある。精霊術が使えなくても理論の筆記は高得点だったみたいじゃない。多分それを理由にすれば、補助員という立場で動き回れるはず。会議に出たり施設に入ったりはできないけれど、調査という名目で私と一緒なら各クラスの現場に入ることはできるはずよ」
彼女の口調はどこか弾むようで、これまでの遠慮がちな雰囲気からは一転して明朗に響いた。アルドはその変化を敏感に感じ取り、心中で苦く微笑む。その事実だけでも胸に軽い熱を覚えずにはいられなかった。
「さすが監査委員……そんな方法で領域を移動することができるのか」
アルドは嘆息交じりに苦笑しつつも、そのアイデアに真剣な価値を見いだしているようだった。
そうして二人が話をまとめ終わったところで、アリシアはまた居心地悪そうに視線を彷徨わせた。陽射しが差し込む庭の一角に長い影が伸び、微かに風が揺らぐ。アリシアの髪が頬にかかる様子が美しく、アルドは思わず言葉を失いかける。けれど、そのタイミングで彼女が意を決したように口を開きかけ、しかし声には出さずに唇を結んだ。
「じゃ、じゃあ、今度こそ行くわね」
彼女がそう口にしたとき、その表情には一瞬翳りが走った。言いたいことがあるのに飲み込んだ――そんな仕草が余計にアルドの胸を疼かせる。彼は問いただそうとしたが、うまく声が出ない。「……またね」「うん、また……」短い挨拶をかわし、アリシアは踵を返す。名残惜しそうに振り向くことはなく、背筋を伸ばしたまま、一定の速さで歩き去っていく。その背中を、アルドは言葉もなく見送った。
(何を言いたかったんだろう。あの表情は……)
胸が妙にざわつき、息苦しさすら感じる。あれほど敵視されていたはずの監査委員に対し、これほど複雑な感情を抱くようになるとは思いもしなかった。やがてアリシアの姿が消えると、アルドは小さく首を振り、その場に数秒立ち尽くした。
思考が震えながら走る。彼女を助けたときの記憶が蘇る。彼女の身体を抱きしめ、魔力暴走を止めたあの瞬間。もはや“敵”には戻れない距離感があの時生まれたのかもしれない。けれどアルド自身は、妹を奪った奴らを許せるわけもなく、“もう殺さない”と約束したのも表面上のこと。アリシアには申し訳ないという後ろめたさがさらに胸を疼かせる。
「しかし、誰が俺の手口を真似ている……? 狙いはなんだ?」
ふと意識を切り替えるように呟いて、アルドは深く息を吐いた。先刻アリシアが帰ったあとの静まり返った校舎裏。その静けさが逆に頭に響くほどだ。
実際問題、新たに現れた模倣犯――“暗闇の処刑人の再来”だか“復活”だかと騒がれているが、アルドの中では「止めよう」という考えはあまり起きていない。むしろ“都合がいい”という言葉を口にしたように、彼らが無闇に貴族派を減らしてくれるならば好都合だとも思ってしまう。
(ただ、余計な騒ぎで学園が警戒体制を強めると、妹を救う計画も立てにくくなる。下手に大事件が起きれば、行動もしにくくなる。そこが少々悩ましいか……)
そう整理していると、アリシアの笑顔が脳裏にちらついて、苦い溜息が再び漏れた。彼女は本気で“もう殺人はしない”と信じている。あんな嬉しそうな顔をされたのに裏切ってしまうことになるのか――嘘をつくのは仕方ないと頭では思っても、胸が痛む。
(アリシアはリーシェとよく似ている。不正を見逃せないところも、悪人であっても殺人という手段を良しとしないであろうところも。リーシェがここにいたらきっと『アルド兄さん、復讐なんて絶対にやめて』と言うのだろう……)
リーシェの面影が優しく浮かぶ。だが実際、妹は学園の陰謀によってあんな目に遭ったのだ。貴族派の陰湿な計画に嵌められ、今も意識を戻せないまま眠り続けている。どうして俺があいつらを許せようか。
脳裏にはイザークたちから読み取った記憶の断片が、炎のようにちらつく。リーシェを陥れる計画をほくそ笑んでいた光景、ネックレスで魔力を乱し、安全装置を一部停止させる裏工作――言葉にできぬ怒りが滾ってやまない。
「すまない、リーシェ、アリシア。……俺は俺のやり方で全てを終わらせる。どんなに誓いを立てても、最後まで復讐を放棄することなどできない」
そう心に刻みつつ、アルドはもう一度深く息を吐く。校舎裏の影がゆっくりと伸び、地面を覆い始めていた。昼を過ぎ、日も少しずつ傾きかけているのだろう。風がわずかに冷たい。薄曇りの空の下、彼は一人、何も言わずに空を仰ぎ見た。