表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/103

05 夜

日が傾く頃、アルドはDクラス生用の居住区画へと戻ってきた。

長い廊下を抜けて辿り着いた部屋は、外観からして簡素で、さびた金具やくすんだ木板が目立つ。

扉を開けて中へ入ると、狭い室内には最低限の家具があるだけだった。


小さな机と、軋みそうな椅子、そして片隅に置かれた粗末なベッド。

壁には染みが残り、窓枠は古く、昼間ならまだしも夕刻の光量では、部屋全体が薄暗く沈んでいる。


アルドは扉を閉める前に周囲をもう一度確認し、しっかり鍵をかけた。

この階層では物騒なことが起きても不思議ではないし、自分の真実を隠すためにも、外からの不用意な侵入は避けなければならない。

しっかりと施錠してから、安いランタンを手に取り、室内を簡単に物色する。


机の引き出しは浅く、中には適当な紙片や古いインク瓶が転がっている程度。

特に役立ちそうな物はない。

ベッド脇の床には少し埃が積もっており、掃除も必要かもしれない。

Dクラスだから当然のように劣悪な環境だが、今は不満を漏らす時ではない。


アルドはそっとランタンを机上に置き、扉の前に立つ。

部屋の鍵を確認し、念のためもう一度カチリと音を鳴らす。

周囲に人の気配はない。よし。


深呼吸してから、頭へ手を伸ばす。

茶色の長髪をなびかせていたウィッグを、静かに外した。

飾られた少女の姿が、一瞬で変貌する。

下から現れたのは、白銀に近い輝きを持つ短髪だ。


あの茶色い髪が、妹リーシェのトレードマークを再現するために不可欠だったが、今この密室では不要だ。

鏡はないが、白銀の髪が揺れる感覚で、ようやく本来の自分を取り戻せた気がする。


ウイッグを丁寧に畳み、鞄の奥へしまう。

表では美しい少女に見えていたが、この部屋では違う。

ジャケットを脱ぎ、シャツを外し、余計な布を取り払うと、引き締まった筋肉質な上半身が露わになる。


鏡はないので見えないが、以前妹が「身体、鍛えたんだね」と冗談めかしに笑った表情を思い出す。

精霊術が使えない自分にとって、身体を鍛え戦う手段が必要だった。

筋肉が動くたび、ランタンの弱い光が薄く流れ、影を刻む。


床に敷いたマットに移動する。

腕立て伏せ、スクワット、体幹トレーニング――日課としてこなす。

精霊術なしでは、直接対決で負ける可能性が高い。

だが、体力と知力があれば戦略でカバーできる余地もあるだろう。


体を動かしながら、今日を振り返る。

今朝はDクラスでの初めての授業日だった。


周りは冷たい視線や困惑で満ちていたが、表情を柔らかくしたことで少し状況を改善できた。

目的のためには昇格が必要となる。少なくとも学力・理論面で苦労しそうにはない。

精霊術以外の分野であれば、アルドはAクラスでも通用するだろう。


「……だが精霊術を使えないハンデは大きいな」


腕立て伏せを100回、200回と繰り返す。

筋肉にじわりと熱がこもる。

この熱量こそ、精霊術が使えない代わりの武器。

明日も少しずつ周囲との関係を改善し、情報入手への道を敷いていくしかない。


負荷をかけ、汗が滲み、呼吸が荒れかけたところで筋トレを終えた。

着替えを済ませ、ボロいベッドへ歩み寄る。

金属のばねが軋むが、気にせず横になる。


ランタンの薄い光が揺らめき、埃が舞う。

妹の顔が頭をよぎる。

白銀の髪が枕に触れ、天井を仰ぎながら、静かに妹の名を呟く。


「……リーシェ」


意識不明で眠り続ける妹。

事件の日、あれほど輝いていた妹が魔力暴走に呑まれ倒れる姿を見て、絶望した記憶がよみがえる。


妹が元気だった入学前の僅かな日々、笑い合った時間を回想する。

ただこの床に近い小さな部屋で、妹を想い、呟く。


「必ず……救うから」


身体を横たえたまま、睫毛が震える。

眠気が少しずつ迫り、灯を落とす必要がある。

ランタンに手を伸ばし、光を絞る。


薄暗い中、昼間見たDクラスの哀愁が脳裏に浮かぶが、そこに想像で妹の笑顔を重ね、未来を思い描いて眠りにつく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ