52 激戦
息を整え、モルダーの体から感じる魔力回路を確かめる。Cクラス上位というほどではないが、それでも問題なく精霊術は扱えるだろう。自身の身体ほどの敏捷性はないが、最低限の体術スキルも上乗せできるはずだ。
「……やるか」
アルドはさりげなく装置付近に近づき、仲間同士で言葉を交わす隙を見た。怒りが臨界に達し、脳裏に閃くのは妹リーシェが倒れ伏していた光景と、ここで同じようにアリシアが魔力暴走に巻き込まれる瞬間を想像したくないという激情。
無謀とわかっていても、殺意と復讐心がアルドの体を強く突き動かす。
「モルダー、おい、何を……!」
と叫ぶ声を無視し、アルドは素早く精霊術を展開し、両手を大きく振った。風の属性が派手に渦を巻く。そのまま至近にいた3人とイザークに狙いを定め、まとまった斬撃を放つ。
ギュッ――という空気の唸りが響く。
3名のうち1人が「え……」と声を上げるも既に遅く、アルドの操る風の刃は疾風と化して首筋を斬り裂いた。首を切り落とすでもなく、精密かつ迅速に頸部を断ち切る。血飛沫が夜闇に散る。1人が即死する間もなく、続いて2人目、3人目へと容赦なく風刃が伸びる。
刹那、血液の香りが辺りを満たす。3人は視認できないほどの高速斬撃で首を斬られ、あっという間に息絶えた。
イザークにも風刃を放ったがこちらはギリギリで躱されてしまう。
「何だと……?」
「おい……何が起こった!?」
一人が悲鳴を上げるように叫ぶ。仲間だと思っていたモルダーが突然裏切るなんて、普通では考えられない。しかし、アルドにとってはこの破滅的怒りがすべてを越えていた。
「モルダーー貴様ッ!!」
とイザークが目を吊り上げる。
周りの7人は距離を取り、すかさず反撃態勢に入るがーー
「うっ……は、離せ……!」
Bクラス制服の男が悲鳴に近い声を出す。その背後にいた仲間たちも、一気に緊張を走らせる。仲間が3人も一瞬で首を切り落とされ、恐怖が喉を詰まらせ、唖然としている間に、アルドはBクラスの男の首ーーエルドフの首を掴んでいた。
アルドは風の刃で瞬時に3名を屠ったのと同時に、全速力でエルドフへ肉薄し、素早く首を掴んでいたのだ。
「ぐあっ! 離せ……」
エルドフが悲鳴を上げるが、アルドは密着状態をキープし《アルキウム・オーバーライト》を発動する。
(連続使用は直接10秒触れ続ける必要がある……早くっ……)
3名が瞬殺された騒ぎを聞きつけ、少し離れた場所にいたものも警戒態勢でこちらへ駆け寄る。
「おい、何があった」
「モルダーさん? なぜエルドフさんに!?」
とざわめきが広がる。
(あと5秒……)
アルドはエルドフの首を掴んだまま、一切動かない。その姿は外から見ると“モルダー”がエルドフを締め上げているようにしか見えない。
周囲が「モルダー、どうしたんだ!」と叫ぶが、モルダーは応じず、ただエルドフに執拗に接触しているだけ。
「なにか様子が変だ……モルダーが……」
「何でもいい! 早くモルダーを潰せ!!」
司令塔であるイザークが叫ぶと全員が魔力を高め、それぞれバラバラの属性術を発動する。火花が散るような輝きとともに、氷の槍、雷の矢、風の真空刃など、多彩な攻撃がアルドへ浴びせられた。
あと1秒……。その時点で攻撃が襲いかかる。アルドはあとほんの数瞬耐えればエルドフ乗っ取りが完了するところだが、背後から激しい衝撃の気配が迫る。空気が震え、魔力の熱量がこちらへ集中する。
(……集中を切らすわけにはいかない!)
呼吸さえとめて、意識を可能な限りエルドフへの乗っ取りに注ぎ込む。モルダーの身体はこの一瞬、無防備に近い状態。そこへ複数の魔力弾や刃が殺到し――激しい轟音が起こる。
ドゴォン! という衝撃波。モルダーの上半身を炎が包み、風の衝撃で衣服が引き裂かれ、雷の衝撃が身体を貫通する。
モルダー本体は致命的なダメージを受けて既に崩れ落ちている。どう見ても即死だ。
「倒したか……何だったんだ?」
数名が警戒しながら近づき、息絶えたモルダーの体を確認している。
「まさか、これが噂に聞く不審死……いや……これは俺たちが攻撃したから死んだんじゃ?」
「いや、でもこいつ、さっきまで普通だったじゃないか……なんでこんな狂ったように……」
混乱する9人。そこに新たな変化が起きる。エルドフが顔を上げる。さきほどまでは恐怖に歪んだ表情だったのに、今は静かな殺意を宿した眼差しに変わっている。
「あ……エ、エルドフ? おい、無事か?」
仲間の数人が声をかけるが、それに応える代わりにエルドフの口元が歪む。
エルドフがニヤリと笑ったその瞬間、地面から太く鋭い土の柱が9本、一斉に隆起した。
「あ……?」
1人が目を剥く間もなく、ズブシュッと音を立て、6人が即死に等しい衝撃を受けて腹を貫かれたり、土柱に飲み込まれる。肉を突き破る感触がドクンと伝わり、鮮血が柱にまぶされる。
凄惨な光景に息を呑む他の連中も「ぐあっ……」と呻き、床に倒れ込むが、残りの3人は辛うじて回避に成功した。
「エルドフ……こいつはさっきのモルドーと同じだ!」
1人が叫び、油断していた彼らは再び臨戦態勢に移った。
(さて、第2ラウンドといこうかーー)