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51 裏工作の現場

アルドは第1試験場の建物を遠巻きに視界へ捉えた瞬間、思わず息をついた。

辺りは慌ただしくも落ち着かない空気に包まれている。年に一度の大試験、特にAクラスの個人演習が行われる日は、それだけで大きな話題となる。


「はあ……はあ……」


少し荒い呼吸を整えながら、アルドは試験場の柵近くに身を隠した。もともと自分も試験期間中で、本来ならDクラス用の第6会場で試験を受けるはずだったが、ファロンから話を聞いて躊躇いなく飛び出してきたのだ。おかげで走りっぱなし、体は軽く汗ばんでいる。


試験会場の周りは高い塀と内側の広場で仕切られている。一般公開とはいえ、入場審査が必要であり、誰でもすぐに入れるわけではないらしい。もっとも、Aクラスの試験を見たい観客や他クラスの生徒がいるため、その入口には行列ができており、学園職員が順番に案内している姿が見える。


だが、アルドの関心はその列ではなく、さらに試験場外周に不自然に集まっている十人ほどのグループだった。制服を見れば、Aクラスほどの派手さはないにせよ、BクラスやCクラス上位生と思しき面々が混在している。


中には見覚えのある紋章をつけた連中もいて、明らかに貴族派だとわかる。


「やっぱりか……」


アルドは心中で苦々しく呟く。ファロンが言っていた通り、彼らは何やら準備をしているのか、人を近づけさせないように動いているようだ。まるで“ここには何もないから立ち去れ”と威圧しているかのように、数人が通行人を笑顔で誤魔化しながら誘導している。


――リーシェが事故に見せかけて魔力暴走を起こしたときも、こんな風に施設周囲に不自然に集まり、人払いを行っていたようだ。あの事件と同じ貴族派の動きを目の辺りにし、嫌な予感がアルドの背筋を走る。


あの時リーシェは、会場周辺の魔力濃度が不安定になり、試験会場での不自然な魔力爆発に巻き込まれた形だ。今回も同じように、Aクラスの誰か――おそらくアリシアを狙う計画なのだろう。


貴族派はアリシアの“正義感”を疎ましく感じ、被害を受けていると逆恨みしているという話は知っている。アルドが不正の企みを潰した際に、その証拠を元に実際に不正貴族を摘発したのは彼女だ。彼女が恨まれるきっかけにアルドも多少は関わっているということになる。


アルドは周囲の死角を確認しつつ、フェンスの低い場所を回り込んで視界をやや広く取る。柵越しに試験会場の建物が見えるが、人影がちらほら動いているだけで、詳細まではつかめない。貴族派の一団は、敷地の側面にある裏手スペースに移動しているらしく、その周辺には魔導器らしき箱を置いてなにか設置作業をしているように見える。


「これは……まずいな」


アルドは唇を噛む。下手に近づけば、あっという間に感づかれてしまうだろう。彼らは10人ほどの集団だし、もし学園上層が味方しているなら騒ぎを起こすのもリスキーだ。それでも、この状況を放置すれば、リーシェの時のような悲劇が再び起こる可能性がある。


アルドはふと視線を巡らせ、目についた小さな物置の陰に素早く身を隠した。ここからなら、少なくとも数人の姿は観察できる。重装備ではないが、魔術道具や杖を携えた者もいる。Bクラスの制服を着た青年が、箱の蓋を開いて中身を取り出す。その動きに気を取られている隙を見逃すわけにはいかない。


アルドは思案し、一番外側に立っているCクラスらしき生徒を見定めた。身長は中背、着ている制服はCクラスのものだ。ちょうど歩哨のように立っており、周囲を伺っているが、今は他の仲間と雑談中で警戒意識は薄いようだ。


「行くしかない……」


アルドは心の中で決める。《アルキウム・オーバーライト》を使えば、このC生徒の体を借りてあの集団の内部に紛れ込める。それで何をしているのかを直接確認できるだろう。10人という数は多いが、まずは状況把握が先決だ。


気配を消して足音を忍ばせ、物陰から回り込むと、アルドはさっと手を伸ばして不可視の鎖を発動する。不可視の鎖を精神に巻き付け瞳が白銀色に滲んだ刹那、意識が引き込まれる感触がある。そして――アルドの身体のみがその場に残り、青年の中へ意識が飛び込む。


乗っ取られた彼の身体が一瞬硬直し、遠い目をするが、仲間は背を向けて道具を調整しており気づかない。


「おい、モルダー、こっち来て手伝え」


誰かがそう呼ぶ声が耳に届く。なるほど、どうやらこの男はモルダーという名前らしい。


アルドは視線を落とし、Cクラスの制服に袖を通した腕を見る。短い髪に手をやれば、見慣れない感触がある。自分は確かにモルダーという生徒に上書きしたわけだ。周囲の視線を気にしつつ、アルドは自然に歩を進め、中央に設置された謎の装置に近づいてみる。


「おい、何をしている?」


もう一人の貴族派らしきBクラス生が、鋭い目で睨んでくる。


「お前は門付近を見張り、変なやつがこっちに近づかないかチェックする役目だろう」


アルドは慌てず、低い声で適当に答える。

「悪い、ちょっと人影が気になって……大丈夫そうだったから戻ってきたんだ」


そう言いながら、設置されている装置に目をやる。形状は金属と魔晶石が組み込まれた複雑な筐体で、おそらく妨害魔術や制御不能の魔力を引き起こすための道具。リーシェの事故の際にもこういう類のものが使われたと記憶の断片にある。


アルドは息を呑む。やはり彼らは同じ手口を繰り返す気なのだろう。今度の標的はおそらく、アリシア……貴族派にとって厄介な存在として見られている彼女を年次試験中に事故に見せかけて排除しようという計画。


人数は12人か……。あの装置を使いアリシアが魔術を行使するタイミングで強制的に魔力暴走を引き起こすつもりなのかもしれない。


周囲を見回すと、さらに何人かのBクラス生、そしてCクラスの上位メンバーが武装または魔術道具を準備している。全員が酷薄な顔で、なるべく物音を立てないように気を配っているが、内心の高揚感が透けて見える。


「あの女……には、こちらも被害を受けた。いい加減、痛い目を見せてやる時だ」


「どうした、モルダー? お前は門付近の人払いをする役目だろう、こんなとこで何してる?」


不意に声を掛けられ、見ると黒髪の男が、何やら大きな魔力符を手に持ち、アルドのほうを睨むように見ている。アルドは思わず息をのむ。


(こいつはーーイザーク・ド・ローラン!)


このイザークの顔は以前に見た記憶の断片のなかでもアルドの頭に深くこびりついていた。リーシェが意識不明になった事件の際にも関わっていた人物だ。


「……すいません、確認しに来ただけです。こちらは順調ですか?」


「ふん、こっちのことはいい。お前は外を見張れって言っただろう」


イザークの厳しい表情に、アルドはモルダーの顔付きでぎこちなく頷く。だが、その内心は怒りの炎が燃え盛っている。奴らは妹リーシェを事故に見せかけて排除した連中と同じ手口を繰り返そうとしているのだ。


試験会場の外にこんな仕掛けをしているとは、完全に学園の闇だ。周囲には全部で12人もの仲間がいる。1人で立ち向かうなど無謀かもしれない。だが、アルドの心にはリーシェの悲劇が蘇る。


「くそが……」


アルドはモルダーの拳をぎゅっと握る。実力者10人以上が相手という絶望的な数。しかし怒りがその恐れを凌駕する。まるで脳裏が真っ赤に燃えあがり、何もかも振り切ろうとする。

こいつらは妹を陥れた連中だ。

そしてBクラスのイザークを討てる機会はそうそう訪れないだろう。


アルドはわずかな沈黙を経て、決断する。


こいつらは全員ここで殺すーー

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