50 試験最終日
試験最終日。
空には少し雲がかかっているが、会場付近にはすでに大勢の生徒が集まり、独特の熱気が漂っていた。
個人の魔力制御試験は、この一日をかけて行われる。
受験者は全員二年生で、Dクラスだけで三百人を超えるため、彼らは三つのドームに振り分けられることになっていた。
反対に、AクラスとBクラスは合同でも百二十名ほどしかおらず、一つのドームを貸し切る形で進むらしい。
さらに、この個人試験は単なる成績評価だけでなく、自分の実力をアピールする“公開ステージ”でもある。
事前に見学申請をすれば、他クラスの生徒も自由に入場できるとあって、全校生徒があちこちのドームを回り、注目の人材を見に行くのが恒例行事になっていた。
「……”リーシェ”の番は、まだまだ先だな」
“リーシェ”を装うアルドは、立ち見スペースの壁にもたれかかりながら、仲間たちの試験をぼんやり眺めていた。
Dクラスは人数が多いだけあって、自分の順番は午後になると聞いている。
AクラスやBクラスの実力を偵察に行きたかったが、上位クラスにはリーシェの知り合いがいるため、下手に近づくのも危険と判断し、今は応援モードで様子を見ていた。
やがてファロンの試験が終わり、ファロンがドームの奥から出てくる。
彼は無口な半獣人で、鋭い目つきと黒髪短めの髪、獣耳が印象的だ。
アルドが視線を向けると、ファロンもこちらに気づき、わずかに顎を引いて挨拶代わりとした。
「ファロン、お疲れさま。今、見てたよ。流石だね」
「あぁ……なんとかな」
「応用演習のときも思ったけど、ファロンってDクラスの実力じゃないよね。もしかして、ツェリみたいになにかあった?」
アルドがそう切り出すと、ファロンは一瞬だけ眉をひそめた。
反貴族組織――ヴァールノートに関わりのあるツェリの話題を出したのは確信犯的だが、ファロンはあからさまに嫌そうな顔をする。
「個人的な話だ。話すことはない」
そっけない返事。
アルドはしまったと思い、「そ、そっか。ごめんね……」と申し訳なさそうに口をつぐむ。
すると、ファロンが何かを思い出したように呟くような低い声で言った。
「あぁ……そういえば、おまえも試験のときに、不正で――」
言いかけて、言葉が詰まる。
アルドがリーシェに“成り代わった”事実は誰も知らないが、表向きにはリーシェは試験中に魔力暴走を起こす”事故”を起こしたとされている。
だが、ファロンはヴァールノートに入っているため、リーシェの魔力暴走が事故ではなく“事件”だと察しがついているのだ。
ファロンはちらりと周囲を見渡し、できるだけ声を押し殺すように続ける。
「チーム戦のときは一緒に戦った仲だからな……。おまえにも言っておくが……今回の試験でも、同じことが起きる可能性がある」
「えっ……どういうこと?」
アルドは思わず息を飲み、ファロンに詰め寄る。
ファロンは一歩後ろに下がり、あくまで冷静に答えた。
「詳しいことはわからないが、AクラスとBクラスの試験ドーム周辺に、貴族派連中が集まっているらしい。近づく者を牽制しているという報告がある」
アルドの脳裏に浮かぶのは、ベルジやニドルなどから読み取った記憶の断片――
妹リーシェが貴族派によって意識不明に陥った日、学年最終試験のあの光景だ。
会場らしき施設の周辺に、貴族派が多く屯していた記憶を見た覚えがある。あれが裏工作の場だったのだろう――。
ファロンは静かに続ける。
「おまえの時も試験直前、施設周辺に妙に貴族派が集まっていたそうだ。不審な動きが重なって、おまえが魔力暴走を起こし被害者になった……だから俺たちはおまえを“被害者”と判断し、再勧誘に動いた」
「……そう。つまり、今回も彼らの狙いが同じ可能性があるってことね。 また誰かを陥れようとしている――ということね」
アルドの瞳が鋭さを帯びる。
ファロンは小さく首肯し、ドームの外をちらりと見た。
「ああ。貴族派連中が屯しているのは第1会場だ。おまえの試験が行われる第6会場とは違うし、被害に遭う心配はないだろうが、念のため用心しておけ」
「ありがとう、ファロン。助かるよ……!」
アルドは思いがけない貴重な情報に感謝を述べる。同時に、ある人物の姿が脳裏に浮かんだ。
AとBクラスが共同利用するのは第1ドーム――そこには貴族派だけでなく、不正を多く摘発して貴族派に疎ましく思われている“彼女”も試験を受けるはずだ……。
(おそらく、やつらの狙いは、アリシアだ……!)
アルドの心拍数が急に上がる。
「情報ありがとうファロン、私、ちょっと行くところがある!」
ファロンは不思議そうな顔をしたが、アルドが足を動かし始めたので黙った。
「ああ……」
ファロンは怪訝な表情で短く返事するが、アルドは会釈もそこそこにドームを飛び出す。
(アリシアが危ない……!)
魔力制御試験中の“事故”に見せかけ、何かを仕掛けられる可能性が高い。妹リーシェの悲劇と同じことが繰り返されれば、今度は取り返しがつかない。
アルドは急いで走り出す。Dクラスの誰かが声をかけたが、それどころではない。脇をすり抜ける生徒たちの視線を気にも留めず、アルドは全力疾走で第1会場へ向かうのだった。