46 応用演習1
深い夜の色が薄まり、学院の石畳が朝日に照らされはじめたころ。広大なグラン・アカデミアの中央広場には、すでに多くの生徒が集まっていた。2日目の試験――いわゆる「応用演習・チーム戦」は、全学年を挙げて熱がこもるイベントであり、会場への移動やチーム点呼のために、早朝から騒がしい空気に包まれている。
アルドたちDクラスの面々も、昨日の筆記試験を無事終えた安堵感と、新たな闘志が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。とりわけイルマは、魔道具の鞄をしっかり抱え、ゴーグルを前髪の上にバシッと装着して「やってやるぞ!」という気迫をみなぎらせている。ツェリは相変わらず穏やかな微笑みだが、瞳の奥には決意の光を宿していた。
一方、ファロンは肩の辺りに軽く力が入り、半獣人特有の獣耳が敏感に動いてあたりを探っている。ベルティアはというと、音符ブローチを胸元に輝かせ、そわそわと落ち着かない様子だが、その笑顔は明るい。
アルドは深呼吸をし、頬を軽く叩く。
「さて、筆記は満点に近い点が取れたと思うし、今日の応用演習でどこまでいけるかが勝負ね」
「まったく、自信満々だね、リーシェ」
イルマがニヤリと笑みを向ける。
「私はまあ普通かな。ベルティアは筆記はだめだろうけど」
ベルティアはぷくっと頬をふくらませる。
「ちょっと失礼じゃない? ……でも、筆記は半分くらいしか自信ないかも、えへへ」
ツェリがクスッと笑い、「ベルティアさんは実技こそ本領発揮でしょう? 今日の音響バフはきっと大活躍ですよ」
「ツェリはリーシェほどじゃないにしても筆記かなりできたみたいだね〜。さすが元Cクラスだね!」
そんな雑談をしながらも、全員それぞれのリュックや腰袋を整え、応用演習の会場へ移動するべく列に並ぶ。Dクラス生は一斉に集合場所へ行き、そこから試験本部が準備した広い実技フィールドに振り分けられるのだ。
開けたフィールドを背景に、受験生たちが続々と集まってくる。Dクラスだけで300人、5人で1チームとして計60チーム以上になる。
これだけの人数が一斉に詰めかければ、本来なら大混雑を引き起こすが、試験運営は複数の区画に分けて同時進行できるように巧みに設計されている。そのため、Dクラス生は全員が広大な第2フィールド内に散り、制限時間とアナウンスに従って試合を進める形になるわけだ。
CクラスやBクラスのブースは別の場所にあるため、周囲には見覚えのあるDクラス生徒しかいない。学院職員たちが出席確認とチーム編成表を確認している。
「D5 No.45、代表リーシェ・ヴァルディス」
「はい、私たちはリーシェ、イルマ、ツェリ、ベルティア、ファロンの5人です」
と述べる。
「はい、受理しました。指示に従いあちらへ移動してください。10分後に試合を行いますので、心の準備をしておくように」と職員が案内してくれる。
イルマが緊張気味に手をわななかせる。
「うわあ、意外とこういうの緊張するね」
ツェリはやや落ち着いた顔。
「大丈夫ですよ。私たち、何度か練習しましたし……ベルティアさんが士気向上をかけてくれれば、怖くないはずです」
「えへへ、まかせて!」
ベルティアは曲名不明の鼻歌を口ずさみながら、「試験は楽しいステージと思えば怖くない!」と気合を入れる。
ファロンは黙って少し離れた場所で、周囲のチームを観察している。その視線は鋭く、敵の位置や有力候補を把握しようとしているかのようだ。
アルドは内心で
(筆記試験と同様にチーム戦も不正摘発のおかげでクリーンな試合になりそうだな。まぁ元からDクラス側には貴族が少ないこともあり不正は少ないはずだが……ツェリが安心してるのはいいことだ)
と思いつつ、顔には普通の落ち着いた表情を浮かべる。
「とにかく、まずは1回戦をスムーズにこなしてポイント稼ごう。実技の段取りは覚えてるね。ファロンが隙を見て攻撃、イルマが障壁で防御、ツェリが治癒、ベルティアがバフ、そして私が全体指示と補助攻撃って感じで」
皆それぞれ頷き合い、やがて教師の合図でフィールド中央へ移動する。
第2フィールドには10チームがまとめて入場し、そのうち2チームずつ対戦ペアが割り当てられた上で、課題も設定される仕組みだ。
「あぁ、そろそろ始まる……緊張する〜」
イルマがごくりと息を呑む。
開始時刻が近づくと、拡声魔道具を使った音声がフィールド全体に響く。
「これよりDクラス応用演習を開始します。皆さん、ご自身のブレスレット型魔道具を確認してください。各チームの5名、すでに装着を済ませていることと思います。本試験のルールを改めてお伝えいたします――」
声がさらに響き渡る中、アルドたちのチームも他のDクラスの生徒たちと同様に円形のスタート地点の一角に集合していた。
イルマがゴーグルをかけ直し、ツェリがスカーフを押さえて風に煽られないようにし、ベルティアが音符のブローチを整え、ファロンが静かに耳を動かす。それぞれが緊張と期待を湛えた表情を見せるなか、アルドは周囲を見回しながら、昨日までの筆記の疲労感を振り払っていた。
「大丈夫? リーシェさん」
ツェリが心配そうに問いかける。
アルドは小さく頷き、
「うん、問題ないよ。筆記は満点目標で徹夜が続いたから少し眠気が残ってるけど、実戦となれば気合入るからね」とやんわり笑った。
アナウンスは続く――
「本日の試験では、ブレスレット型魔道具に内蔵された“魔法標識”をめぐる争奪戦を行います。衝撃や攻撃判定を受けた場合、ブレスレットが光り、被弾者のトークンポイントが減り、加害側にポイントが加算されます。チームリーダーのポイントは5倍です。リーダー選出は事前申請のとおりに行われているので、各自チェックしてください」
リーシェたちのチームでは、リーダーは自然とアルドが務めることになっていた。チームの戦術面を支えたのと同様に、作戦上もリーダーがアルドだと計画立案がスムーズだからだ。ただし、このリーダーポイント「5倍」という重い荷を背負うことになるので、狙われるリスクも高い。その点は要注意だった。
「リーダーを守らないと大失点につながるわけだね……」
イルマが腕を組む。
「防御担当として、わたし頑張るよ!」
「わたしも治癒薬をしっかり携帯してます。いつでも呼んでください!」
ツェリが気持ちを引き締めるように微笑む。
ベルティアは「音響バフで奪う時に一気に行くわよ。みんなの士気を上げれば、すぐに相手のトークンをもぎ取れるはず!」とわくわくした様子。
ファロンは無言で耳を動かしながら周囲を警戒している。
アナウンスはルール説明を締めくくる。
「各チームは制限時間内に複数試合を回してもらい、勝利・引き分け・敗北に応じてポイントを稼ぐことになります。Dクラス内でポイント上位になれば、次のCクラスとの対戦ステージに進める仕組みです。勝利を重ね、より上位クラスと戦うことでさらなるポイントを得られる可能性があります。なお、不正行為、過剰攻撃は厳禁。ペナルティを課されるので注意してください――」
最近の不正事件摘発ラッシュにより、Dクラスにも殺伐とした空気はなく、多くの不正魔道具が事前に没収されていた。ツェリはそれを思い出し、ほっと胸をなで下ろしていた。
(ファロンさんから話を聞いた時は不安だったけれど、結局、多くの貴族派が不正で捕まった。少なくとも今回の試験では変な心配しなくて済む……よかった……)
ツェリがそっと呟く。そしてアルドの隣に寄り、
「ねぇ、リーシェさん……もしかして……いえ、やっぱりなんでもないです」
と小声で言いかけてやめる。彼女は自分がアルドに話をした翌日に不正貴族が摘発されたため、少なからず絡んでいるかもしれないと勘づいていたが、ここで問いただすべきではないと判断したらしい。
アルドは彼女の視線を感じながらも、聞こえないフリをして前方を見つめる。
(今は試験に集中しよう。昨日の筆記で確実に高得点を取れたし、ここからは応用演習での連携が重要。チームを勝たせ、Dクラスの枠を越えてさらに上位を目指す……)
やがて審判を務める教師たちがフィールド中央で円陣を作り、順番にチーム名を呼び出す。「第一試合、チームNo.21 vs チームNo.33」「第二試合、チームNo.3 vs チームNo.11」……という具合に同時進行で10試合以上を行い、時間を区切りながら多くの試合を回していく。
アルドたちのチームは「D-45」という番号で呼ばれ、相手は「D-08」。いずれもDクラス内の中堅〜下位組だが、初回の試合ということもあって油断できない。
試合が始まるまで、軽くアップをとりながら対戦相手を観察する。向こうも何やら作戦を練っている様子だ。
15分間の試合形式。ブレスレットを光らせて相手のトークンポイントを奪い合う。チームリーダーを狙うか、まず他のメンバーを削っていくか、そのバランスが大事だ。
開始の合図と同時に、アルドがリーダーであることを悟った相手チームは、まずイルマの障壁をかいくぐれるか探ってくる。だが、イルマは魔道具の簡易障壁生成器を素早く展開し、圧倒的な守りを見せる。
「みんな、前へ!」
イルマが合図すると、ベルティアが音響術のリズムを奏でる。低く伸びる調べに、ツェリとファロンが呼応し、ツェリは薬草エキスでスタミナを微量アップ、ファロンは風の斥候術で相手チームの動きを把握しつつ隙を狙う。
アルドは冷静に状況を見極め、
「よし、真ん中2人を狙おう」
と指示を飛ばす。リーダーを倒しきらなくてもポイントを稼げば十分勝てるからだ。
結果、初戦はアルドたちが効率的に相手の防御を崩し、ツェリが回復サポートを惜しみなく行ったこともあり、終盤には相手チームのポイントを大幅に奪う形となった。リーダーを傷つけるまでもなく、5人の連携で確実に点を重ね、15分後には悠々と勝利を収める。
「やった……!」
イルマが勝利宣言にガッツポーズし、ベルティアが「チームワーク最高だわ!」と笑顔を振りまく。ファロンはクールに耳を動かす程度だが、好感触を得ているようだ。アルドは深呼吸して心臓の鼓動を整える。
試合後の短いインターバル。運営側がポイント加算やブレスレットチェックを行い、各チームが短い休憩を取る。
「よし、この調子ならCクラス戦に挑める可能性もあるんじゃない?」
イルマが嬉しそうに笑う。
「うん……でも相手が強敵の場合、こっちが一度でも崩れたらリーダーのポイントが一気に奪われるかもね」
アルドは苦笑しつつも、チームに対して信頼を寄せている。
「防御をイルマと私で連携し、攻撃はファロンの素早さとベルティアの士気向上でカバー。ツェリは中衛で回復をお願いね」
「はい、任せてください。回復薬と治癒術でみなさんを支えます」
とツェリが力強く答える。
「音響バフを別のパターンに切り替えてみるわ!」
とベルティアはさっそく楽譜のようなメモを取り出している。
ファロンは無言ながらうっすら笑みを浮かべ、
「ああ、わかった」
と軽く返事。
午後の部に進むため、チームはさらなる連携を深めながら次の試合へと気持ちを切り替えるのだった。