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44 不正排除

アルドはファロンがツェリに警告した「貴族派が来週の試験で再び不正を行おうとしている」という件を調べるため、リーシェの変装を解き、レリックルートを使いC区画へ来ていた。


静寂の中、足音を殺しつつ壁際を辿る。外へ出ると地表に淡い膜が張り巡らされたかのような微光が、頭上に広がる空にかすかに揺らめいていた。


「ナジャ、これが……何かわかるか?」

アルドは小さな声で独り言のように漏らす。


「はっきりとはわからんが、おそらく精霊反応検知の結界じゃろ」

ナジャの声が頭内に響く。


ナジャの説明を詳しく聞いてみると、どうやら精霊術が起動すれば、その属性や精霊の特徴を記録する仕組みらしい。


アルドは唇を引き結ぶ。

「つまり、この区域内で精霊術を使えば、使用者やその術が記録されるってことか……面倒だな」


「それに関しては心配せぬともよい。妾は始祖精霊と称しはするが、厳密には精霊ではない。これしきの結界では妾の力を感知することはできまい」


「なに? ナジャの力は大丈夫なのか。じゃあ、乗っ取った状態で精霊術を使えばどうなる?」


「ダメじゃろうな。精霊術を感知する力が働いておる。

 原型上書きアルキウム・オーバーライトはアルキウムへの干渉であり、精霊術ではないため感知されぬが、存在を掌握した者の身体で精霊術を使えば感知されるはずじゃ」


安堵するアルドは頷く。

「じゃあ精霊術を使う際は気をつけなくてはな。記憶喪失の事案がまた増えてしまうが、ここは仕方ない」


考えつつ、アルドは原型閲覧(アルキウム・リード)で得た過去情報を思い返す。C区画の外れにある怪しい倉庫――そこに不正な魔道具や禁制薬物を秘匿していた疑惑が濃厚だった。まずはそこへ向かうつもりだ。


足早に路地裏を抜け、人気の少ない倉庫へ近づく。扉の影から中を覗き込むと、ランタンの揺れる光が中をほんのり照らす。そこには貴族風の服装をした5人の男女が集まっていて、低い声で何やら話している。


「予想通りだ。やはり、何かやってるな……」

アルドは息を殺す。


話し声を凝らして聞くと、試験で使うための不正魔道具、違法な魔力増幅器具を取り寄せたとか、Bクラスを出し抜く算段をしているようだ。その目的は貴族派の勢力拡大か、誰かの蹴落としか。


目を凝らすアルドは、そこにバロッサ・シュドラムという名の男がいることに気づく。以前、原型閲覧(アルキウム・リード)で妹の事件に関与していた貴族の一人として記憶した人物だ。


「妹を陥れた一味の一人……」


アルドの瞳が冷たく光る。リーシェ《妹》に手を出した奴には容赦しないと決めている。


アルドは建物横の木箱の影へ静かに移動する。脈が高鳴るのを抑えながら、不可視の鎖でバロッサの存在を掌握するため、距離と角度を確認する。視線を走らせ、彼の姿をしっかり捕捉。


(……少し不安になるが、これは精霊術ではない。この力が捕捉されることもない、よな)


ゆっくりと手をかざし、無言で力を解放する。バロッサは瞬間的に身体を硬直させ、魂より深い層でアルドの意思に縛られた。


「やるか」


バロッサ《アルド》の低い声が倉庫に響く。


アルドはバロッサの身体を操り、風の精霊術を放出する。倉庫内に突風が巻き起こり、周りにいた4人の貴族たちはバロッサの変化に気づく間もなく悲鳴を上げて吹き飛ばされ、壁や積まれた箱に激突して気絶する。こいつらは妹の件へ関与した証拠はない。不正を行う屑ではあるが殺しはしない。こいつらには不正の罪を償ってもらうとしよう。


突如、C区画全域で「警報音」が鳴り響く。魔道具の感知網が今の精霊術使用をキャッチしたらしい。

「やはりバロッサの精霊術は感知されたか」


急いでこの場を離れる必要があるが、その前にやっておくべきことがある。風の精霊術で魔道具が詰まった木箱を破壊する。箱を横から割ってやると中から禁制薬物や違法魔道具の部品が散らばり、決定的な不正の証拠が露わになる。


「よし、これで充分だろう」


アルドは静かに心中で呟き、バロッサの存在を内部から潰す。一瞬、バロッサの瞳に恐怖が浮かぶが声にならず、無傷のまま崩れ落ちる。

すべて、わずか3分足らずの出来事だった。


アルドは手際よく元の体に意識を戻し、その場を去る。闇の中を疾走し、レリックルートへ向かう。結界は精霊術の記録をしているかもしれないが、彼が使った原型上書きアルキウム・オーバーライトは感知されることはないだろう。バロッサが精霊術を行使した記憶が残るだけだ。


「今回はスムーズに不正を一手粉砕できたが、今後はより警戒されることだろう……。当初の予定通りしばらくC区画での行動は控えるとしよう」


アルドがD区画へと続くレリックルートに向かっていた頃、倉庫では警備員たちが忙しく動き始めていた。

そして偶然、同じ夜にC区画へ調査に来ていたアリシアも警報を聞いて現場へ駆けつける。


アリシアはランタンを手に、息を切らしながら不正倉庫前に到着。中を覗けば、Cクラス生徒の幾人かが床に転がっている。


「これは……また不審死?」

アリシアは動揺する。ここ数日は事件が起きておらず、強力な監視網を設置したことで少し気が緩み始めていたところだった。


しかし、よく現場を見てみると1名を除き他の貴族生徒は気絶しているだけのようだ。

そして周囲には違法な魔道具や禁制薬物の破片が散乱し、一目で不正が行われていたことが分かる状況だった。


アリシアは即座に学院の警備員に指示を行う。

「彼らは先日から問題になっていた試験の不正関与が濃厚です。目が覚めたら徹底的に取り調べてください。学内規則に則り処分を……」


と手続きを指示する。


「不審死の方は……。あれ、精霊術反応は風属性1つだけ……?」

魔道具の記録を確認したアリシアは困惑の表情を浮かべる。魔道具による監視網はあらゆる精霊術を記録するが、犯人とおぼしき記録は一切見当たらない。


「不思議な力は精霊によるものではないということ……ね」


先日、幽霊とでも言うつもりかと嘲笑された嫌な記憶が蘇る。


精霊術でないのであれば魔道具によるものかと思うかもしれないが、それはありえないーーはずだ。

精霊術師が自然精霊を介して魔力を行使するのに対し、魔道具は内部に独自の「小さなエコシステム」を作り、魔力結晶を核とする“擬似精霊環境”を形成するものだ。


仮に人を操ったり乗っ取ったりするような力を持つ魔道具があるのであればそれは精霊術としての周波数を発生させるはずだが、そのような振動は発生していない。


最高峰の魔道具でも検知ができないことが判明し、アリシアは頭を抱えそうになるが、不正摘発という成果はある。学院の規則に従い、見つかった違法品は押収、気絶者たちは取り調べを受け重い処分を受けるだろう。


貴族派の犯罪が公にされたことで、アリシアは少しだけ気持ちが楽になる。倫理監査委員会が不正軽視の方針を貫く中でも、こうして現行犯的に不正を暴けたことは大きな前進だった。

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