43 不正の噂
夕暮れが落ち、薄青い夜気がグラウンドに染み始める頃。5人での応用演習練習を終え、ファロンは既に小グラウンドを離れ、イルマとベルティアは魔道具調整のため資材置き場へ、アルド(リーシェ姿)とツェリは他のメンバーに軽く手を振って別れた。
今、校舎裏の木陰に、2人が並んで立っている。まだ体を動かしていた余韻が残って、ツェリは額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら小さく息をつく。一方、アルド(リーシェ)は、ツェリが先ほどから何やら考え事をしているのを見逃さなかった。
「ツェリ、さっきからちょっと浮かない顔してない?」
リーシェが声をかけると、ツェリは微かに肩を揺らし、はっとしたように振り向く。
「え……あ、いえ、そんな……」
ツェリは言葉を濁すが、その様子から悩みがあるのは明らかだ。
リーシェ(アルド)は柔らかく微笑んで、「ファロンと何か話してたでしょ? 練習後、彼が君に何か言ったみたいだけど……相談に乗るよ」と声を落ち着かせて誘う。
「えっと、あ、でも……。大丈夫です」
ツェリは少し戸惑いながらも心配かけまいと気丈に振る舞おうとする。
「前も夜に部屋へ来てくれたとき、不正の件で陥れられてD落ちしたことを打ち明けてくれたじゃない。相談してよ。友達でしょう?」
ツェリは少し涙を浮かべ、一瞬唇を噛んでから深呼吸する。
「……実は、ファロンさんが『今年も貴族派が不正をするかもしれない』と警告してくれたんです。何が起きるか分からないから気をつけろ、と……」
彼女は視線を落としたまま続ける。
「不安になってしまったんです。私は以前も不正告発しようとましたが、不正は揉み消され。逆に私のせいにされてクラス降格処分を受けました。あれ以来、貴族派の暗躍を知っていても手出しできず、いつも心が重いんです……」
「そっか……嫌なこと思い出しちゃったね。もう大丈夫よ」
リーシェは頷き、ツェリの肩に軽く手を置く。
「あ、あと……。ファロンさんの事なのですが……あの人実は……反貴族組織に入っているようでして……」
ツェリは一人で秘密を抱え込むことが大きな負担になっていたようで、ファロンの裏の顔についても打ち明けてきた。
「あぁ、そういえば彼、ヴァールノートって組織に加入しているのよね?」
と、さらりと切り出す。
「ふえっ……!? リーシェさん、どうして……」
ツェリは驚いて目を丸くする。
リーシェはツェリの不安定な告白に微笑む。
「安心して、ツェリ。実は私にも同じような接触があったのよ。彼らから誘われたの」
「え……リーシェさんも!? そ、それで、入ったんですか?」
ツェリは息を呑む。
リーシェはあっさり首を横に振る。
「ううん、断ったよ。私、精霊術も無いし、その手の政治的な動きには興味が無いからね。それより、試験で上位を狙って、自分の力で上に行く方が性に合ってるの」
ツェリはホッとしたような、驚き混じりの表情で「さすがリーシェさん……すごいですね。私は誘いを断っただけでも怖くてしばらく不安でした」と呟く。
リーシェは笑みを浮かべ「大丈夫だよ。心配なことがあったらなんでも話してくれて良いからね」とツェリを安心させる。
ツェリは視線を彷徨わせながら「その……ファロンさんが反貴族派組織にいること、私が言っちゃっていいのか迷ってたんです。でも、私、不安で。リーシェさんなら信頼できると思って……」と早口で打ち明ける。
「ファロンが組織にいるのは確かに不安だけど、彼は今私たちの仲間でもある。それに彼らの敵である貴族はツェリを陥れた敵でもあるんだし、その点は信用していいんじゃないかな?」
「そうですよね……」
それでもツェリは少し不安そうだ。
「大丈夫。何かあればすぐに私に相談して。ツェリが陥れられそうになっても必ず助けるから」
ツェリは目を潤ませながら微笑む。
「はい……。リーシェさん、本当にありがとうございます。私、あなたがいると頑張れそうな気がしてきます」
と笑みを浮かべる。
風が木々を揺らし、夜の校舎裏は薄暗がりに包まれ始める。
リーシェは微笑み返す。
「さ、そろそろ戻ろうか。明日も勉強と練習があるし、今は休もう。無理は禁物よ」
2人は歩き出す。ツェリは少し軽くなった心で、前を歩くリーシェ(アルド)の背中を見つめる。彼女――彼女がこのチームの支柱になりつつあるのは間違いない。
(リーシェさんといると安心するわ……。本当に不思議な存在……精霊術が使えなくなったというのに、こんなにも頼もしいなんて)
夜の冷気はまだ残るが、ツェリの心には小さな光が灯っていた。