39 仲間探し
放課後になり、Dクラスの教室から生徒たちがぞろぞろと退散していく中、アルドはイルマとツェリを伴い、窓際の席に留まっていた。
晴れた日差しが傾き、机の上を金色に染めている。
今日は試験対策のため、チームメンバーを決める日だ。
応用演習で上位に食い込むには五人必要。今は三人――リーシェ、イルマ、ツェリ。
残り二名をどうするか、これから考えなくてはならない。
イルマが頬に指を当て、ゴーグルを額から上げながら提案する。
「ねぇ、リーシェ、ツェリ。私が一年のときに組んでた子がいるんだけど、どうかな? 名前はベルティア・ノフィア。光属性で音響魔法が得意な子よ」
ツェリが首をかしげる。
「ベルティアさん……噂だけは聞いたことがあります。確か音響術で仲間の戦意を高めるとか。楽しそうな能力ですわね」
アルドは微笑みながら頷く。
「ベルティアか……詳しくは知らないな。でもイルマが推薦するなら、きっと頼りになるんだろうね」
「よーし、じゃあ決まり! 早速彼女のところに行こう!」
イルマがバネ仕掛けのように跳ね上がり、鞄を背負って教室を出る準備を始める。
ツェリは控えめに立ち上がり、アルドも柔らかく微笑んで続く。
こうして三人はDクラス棟の廊下へ出た。
ベルティアは放課後、屋外テラスでよく歌の練習をしているらしい、とイルマが教えてくれる。
外へ足を運ぶと、そよ風が頬を撫でる。
階段を下り、中庭を抜け、少し古びたテラスへ向かう。昼間の賑わいが落ち着き、庭木の間に影が伸びていた。
「ベルティア~! いる~?」
イルマが手をひらひら振りながら呼びかけると、奥まったベンチでハミングしていた青髪巻き髪の少女が顔を上げる。
淡い光が彼女の淡青髪を輝かせ、音符型のブローチが揺れた。
「イルマ? ここに来るのは久しぶりじゃない!」
ベルティアがニコッと笑い、軽やかに立ち上がる。
その笑顔は明るく柔和で、まるで小さな太陽のようだ。
「えへへ! 今日はちょっとお願いがあって来たんだ」
イルマが早口で切り出すと、ベルティアは「わたしにお願い? 何でも聞くわよ~」と楽しげに答える。
ツェリは少し緊張しつつ、お辞儀をして名乗った。
「初めまして、ツェリ・シャーラといいます。イルマさんとは最近一緒に勉強している仲間でして……」
「私のことはリーシェって呼んでくれればいい」
アルドは妹の名を語る複雑な気分だが、自然な笑顔で挨拶する。
ベルティアはツェリの丁寧な態度に微笑ましく笑いかけ、「ツェリちゃんもリーシェさんも、よろしくね!」と人懐こい調子で返す。
「そうそう、実はね」
イルマが手を打つ。
「今度の試験、応用演習で上位を狙うためにチームを組むんだけど、ベルティアも一緒にやらない? 君の音響バフがあれば、魔力の足りないわたしたちでもできることが増えるし、ツェリが治癒、わたしが防御で、合わせれば良い線いけるはず!」
ベルティアは目を丸くする。
「応用演習のチームねぇ~。去年も一緒にやったわよね。また誘ってくれて嬉しいわ! でもどんな感じなの?」
ツェリが手を挙げる。
「私たちは今のところ三人で、イルマさんが防御やサポート、わたくしが治癒術で支援、リーシェさんは……えっと、精霊術が使えないけど直接戦闘や戦略で貢献することを考えています」
「応用演習は戦闘力と連携が必要だからね。ベルティアさんの音響魔法で士気や行動速度を上げられたら、すごく助かると思って」
ベルティアはあははっと笑う。
「精霊術なしで挑むなんて、リーシェさん、なかなかチャレンジャーね! でも体術はそこそこやれるんでしょ? 悪くないわよ。わたし、歌いながらサポートするの大好き。チームが躍動するのを見るとテンション上がるの!」
イルマが期待に満ちた目で覗き込む。
「どう? 一緒にやってくれないかな?」
ベルティアは即答する。
「もちろんよ! 面白そうだもの!」
ツェリはホッとした様子で微笑む。
「ありがとうございます、ベルティアさん。本当に心強いですわ」
ベルティアはくるりと一回転し、「よーし、わたしの出番ね! 音響士気UPならお任せ! みんなが落ち込んでも、『わたしの音で元気100倍』よ。もうバッチリ!」と明るい声で宣言する。
アルドはその様子に心が軽くなる。
元気な仲間が増えればチームの雰囲気も明るくなる。
「助かるよ、ベルティア。えっと、メンバーは今四人だよね。あと一人はどうしようか?」
「あと一人かぁ~。誰かいい子いるかしら? 昔組んだ子たちはもう別のグループみたいだし」
ベルティアが首をひねる。
イルマが手を挙げる。
「あ、一応、考えがあってさ。ファロンを誘おうと思ってるんだ」
「ファロン……って、今年からD5に来た半獣人の子よね? 嗅覚がすごいって聞いたことあるわ!」
ファロン・キェルダ。
二年次からD3クラスからD5クラスへ移り、裏では反貴族派組織ヴァールノートの一員でもある。
「ファロンさんですか……? イルマさんと接点はあまりなさそうですが」
ツェリが少し戸惑いながら言う。
彼女は貴族派の策略によってCクラスからDクラスへ落とされた経緯を持ち、ファロンのいる組織から勧誘を受けたことがある。
それもあって、ファロン加入には抵抗があるのだろう。
「あー、ファロンはほら。リーシェとツェリと同じく今年からD5に来た組じゃない? だから他に組む人もいなさそうだし、ほかのグループから一人だけ引き抜くよりいいかなって」
アルドはイルマの気遣いに少し驚く。
確かに、彼女はクラスに来たばかりのリーシェにも声をかけてくれたし、ツェリにも自分から話しかけていた。
「それにファロンって風属性が使えて、私たちの持たない攻撃手段を補ってくれると思うの。偵察も得意らしいし、応用演習の内容によってはすごく活躍するはずだよ」
「なるほど……イルマさん、意外とちゃんと考えてるんですね」
「ちょっと、ツェリ。意外って何よ~」
ベルティアは面白がり、「すごーい! 趣味の合わない人達が大集合する感じ? わたし大好き、そういう寄せ集めチーム。工夫次第で最強になれるんじゃない?」と笑う。
アルドは笑顔で肯定する。
「うん、寄せ集めでいい。むしろ多様性があったほうが応用演習には有利だから」
イルマが腕を組み、
「そうよ! リーシェが戦略を立て、ファロンが地形や対戦相手の情報を集め、ツェリが治癒、ベルティアが士気向上、私が防御とサポート魔道具。完璧だわ!」
ベルティアは「わたし、歌いながらみんなを鼓舞するね! 『がんばれ~!』じゃ芸がないから、新しい歌詞を考えておくわ」と鼻歌を奏で始める。
ツェリは微笑みながら、「ベルティアさん、本当に楽しそうで、こっちも嬉しくなります」と口元を押さえる。
アルドはそのポジティブエネルギーに安堵する。
昼間はこうして前向きな仲間に囲まれ、夜の陰鬱な活動とのギャップを不思議に感じるほどだ。
「そういえばベルティア、あなたって戦闘そのものは苦手なのよね?」
イルマが首を傾げると、ベルティアは笑顔で言う。
「うーん、直接戦うのは得意じゃないわね。でも大丈夫。わたしが歌ってる間、みんな頑張ってくれるでしょ? わたしはフッと力を与えて、士気が上がった仲間が敵をバッタバッタ倒してくれるはず!」
イルマは苦笑する。
「それでも、私たちがピンチなら、逃げ回るぐらいはしてもらわないと」
「逃げ回るかぁ! いいわよ、わたし運動神経そこそこあるわ。歌いながら華麗にステップ踏んで、敵を翻弄する!」
ベルティアがバレリーナのようにクルッと回り、優雅なポーズを取る。
ツェリは「賑やかになりそうですね」と微笑む。
アルドは軽い笑みを浮かべつつ、妹ならもっと自然に溶け込めただろうなと心中で思う。
「ねぇ、リーシェさん、ツェリちゃん、イルマちゃん。せっかくだから一回くらい練習しない? わたし、いくつか音を出してみるから、みんなはどう動くか試してみない?」
ベルティアが目を輝かせる。
ツェリはあわあわと手を振る。
「い、今ここでですか?」
イルマはニヤリとして、「面白いじゃん。ちょっとした即興連携テストね。リーシェ、どう?」
アルドは肩をすくめる。
「まぁ、軽くやってみようか。体で覚えるのもありだし」
ベルティアは口笛で不規則なメロディーを奏で始める。
ツェリは「ええと、まずはどうしたら……」と慌て、イルマは「ちょ、いきなりすぎるわよ」と笑いながら足をパタパタさせる。
アルドはそんな様子を眺めて微笑む。少しバカバカしいが、チームの雰囲気を作るには悪くない。
「わはは、今のはカオスね!」
ベルティアが口笛をやめて爆笑する。
ツェリは頬を赤らめ、「すみません、予想外でした……」と肩をすくめる。
イルマは「でも楽しければチームワークも上がるよね?」と肯定的だ。
「そうだね、楽しむ余裕があるのは大事だよ」
アルドも微笑む。
自分はもともと精霊術が使えず制約が多いが、こうして仲間が協力してくれるなら心強いと感じる。
これでメンバーは四人になった。
あとはファロンを勧誘すれば、バランスの良い構成になりそうだ。
ファロンは風属性が使え、斥候役で情報収集も強み。ベルティアの音響魔法と合わせて士気・基礎能力の底上げも見込める。
「そういえばベルティア、ファロンのことはどれくらい知ってる?」
イルマが話を戻す。
ベルティアは首をひねって答える。
「授業で一緒になったことは少しあるけど、あまり話しかけてないの。ファロン君、無口だし。でも獣耳がかわいいわよね~」
ツェリとアルドは吹き出しそうになる。
ツェリは苦笑して、
「ファロンさんに“可愛い”は……きっとクールに拒否されるかと」
「そうかしら? クールな子をからかうの、楽しいじゃない?」
ベルティアはウキウキと笑っている。
(この人、マイペースで怖いものなしだな)
アルドは心の中でそう思いながら、四人での結束を固める。
昼間のDクラスはこんなにも賑やかで、夜の陰鬱な活動とのバランスを取る癒やしになっている。
試験は近づき、チーム戦は必須。
不安要素は多いが、この仲間たちとなら乗り越えられそうだ。
最後にベルティアが元気よく宣言する。
「よーし、わたし、今日から特訓! 新しい歌を作るわ!」
イルマが「期待してるよ!」とハイタッチし、ツェリは「は、ハイタッチ……」と戸惑いつつ笑顔で応じる。
アルドは静かに頷く。
「ありがとう、ベルティア。よろしくね」
こうして四人は、夕暮れが深まる学園を背景に、試験へ向けた一歩を踏み出す。
昼間の笑い声と前向きな掛け合いが、これからの困難な日々をわずかに明るくしてくれるだろう。