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36 アリシアの考え

リーシェの後任として学園内倫理監査委員に任命されたアリシアは執務室の高価な机に肘をつきながら、一連の報告書を丹念に読み返していた。普段の報告書は小さな不正や紛争が多いが、今回は明らかに常軌を逸している。ここ数ヶ月、不可解な不審死が相次ぎ、その全ての被害者が有力な貴族だという。


最初は、Cクラスのレヴン・ハークレストが仲間たちもろとも殺害された事件。彼はなぜか仲間を風属性精霊術で惨殺し、無傷で倒れていた。傷一つない死体――まるで魂だけ奪われたかのような死。


続いて、ベルジ、ソシアの不審死に関する報告書を手に取る。ソシアは炎属性精霊術を得意としている優秀な術師だったが、自分の仲間であるベルジやハザルを焼失させたであろう痕跡を残した上で、同じように無傷で死んでいたという。


本日新たに届いた報告書には、カーリスが仲間のニドル以下3名を土属性による攻撃にて殺害し、傷ひとつなく死亡しているとある。


(レヴンもソシアも、カーリスまでも自分が扱える属性術で仲間を惨殺し、その後、抵抗なく死んでいる……)


アリシアは記録された証拠写真とメモを睨む。床に残る燃え焦げた跡や、風刃が走った痕跡、鋭利な石柱の残骸――それらは完璧に当該人物が使用可能な属性と一致している。

貴族が自ら仲間を殺す理由は? 貴族派の内紛か、それとも裏切りか? しかし、当人は無傷で死んでいる。物理的な理由はなく、まるで毒殺でもされたかのように外傷がないが、体内からは毒物はおろか不審な点は一切見つからなかったという。結果、原因不明の魔力暴走による事故として処理されている。


「そういえばリーシェも、魔力暴走によって意識不明の重態になっていたわね……」


今回の件はリーシェの事故とも関係があるかもしれない。この不可思議な事件は親友に降りかかった悲劇の真相を探る手掛かりになるかもしれない。そう思いながら報告書を1枚1枚丁寧に精査していく。


そして彼女はこの不審な事件を洗い直す中で、もう一つ不思議な報告が寄せられていることに気づいた。


「短期的な記憶喪失……?」


一部の生徒が、行動中の数分、あるいは数十分の記憶が失われるというケースが増えているのだ。数人の教師からも同様の報告が上がっており、短期的な記憶喪失は事実のようだ。


記憶喪失の件についても情報を整理し、調べていくとDクラス、Cクラスでのみ報告されており、特にCクラスに集中していることがわかった。


「そう言えば、不審死の事件もCクラスだったわね」


アリシアはペンを軽く回し、紙上に仮説を書く。これが幻想的で現実味のない発想だとわかっている。だが、手元の証拠を集めると、どう見てもそれを示唆しているように思える。


「……もし、特定の人物を自由に操れる者がいるとしたら?」


人を操り、当人が扱える属性で仲間を殺させ、その後、操られた人物は傷一つなく死んでいる。記憶が残っていないものは殺されていないだけで、操られていたことによる後遺症のようなものだとしたら全て説明がつく。


精霊術は自然要素を操作するに留まる。人を操るなど聞いたことがない。操り人形のように他人を操って殺し合わせる超常現象が本当にあるのだろうか?


アリシアは唇を引き結ぶ。こんな非現実的な仮説、本来であれば却下すべきだ。しかし、不審死と記憶喪失、発生しているエリアも限定的……。条件が揃っている。被害者がすべて貴族派の有力者である点も無視できない。


(洗脳や混乱といった人を操ることができる力を持つ者が、貴族派を狙って暗躍している?)


考えたところで答えは出ない。この非現実的な仮説を立証するには、現場で操る者を捕らえる必要がある。


「C区域およびD区域へ調査に赴けるよう申請をしてみましょう。それに、D区域へ行くことができればリーシェに会いにいくこともできる」


元を辿れば倫理監査委員に入ったのも親友に会いに行くための権限を手に入れるのが目的だった。正当な理由が思いつかなかったためD区域への立入申請はできていなかったが、この事件の調査という名目であれば申請は必ず通るだろう。


「それに、リーシェなら事件のことを何か知っているかもしれない」


アリシアは決断した。真相解明にはこの荒唐無稽な可能性に挑むしかない。もし、誰かが人を操る術を持っているとしたら、それは強大な脅威だ。だが、貴族派を標的にしているなら、それを利用するか、逆に弱点を突くことで捕らえられるかもしれない。


こうして、アリシアは操る者が存在するかもしれないという荒唐無稽な推論を胸に、リーシェとの再会を期待してD区域へ調査に行くことを決めた。

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