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35 残党狩り

C区画の夜は深く、細い路地には冷えた風が吹いていた。

人気のない裏通りに、アルドが闇に紛れるように身を潜めている。すでにCクラス主要関係者の多くは片付けたが、まだ残党がいた。カーリスとニドル、そして取り巻き三人が今夜合流するという話を、乗っ取りで掴んだアルドは、ここで一網打尽にするつもりだ。


足音が近づく。

五人――カーリス、ニドル、それから取り巻き三人が声を低くしながら歩いてくる。彼らは今日の状況や、貴族派が混乱していることを愚痴りあっているらしい。


「レヴン、ベルジ、ソシアまで死ぬとか……いったい何が起きてるんだ?」


誰かの低い声に、ニドルが答えた。


「わからんが、このままじゃB区画からの支援ももらえない。イザーク様にも顔向けできない……」


アルドは壁陰から鋭い視線を送る。

カーリスは薄茶色の髪に、顎に刻む紋様入りのピン。ニドルは黒髪で耳飾りをつけ、両脇に三人の取り巻き。今が好機だ。


アルドは深く息を吸い、乗っ取り対象をカーリスに定める。

五人が前を通り過ぎる瞬間、アルドは手をかざし、集中を高めた。無音の闇に魔力を馴染ませ、指先から鎖を伸ばすイメージを持つ。


不可視の束縛がカーリスを襲う。

カーリスは何の前触れもなく呼吸が詰まり、目を見開いた。声にならない悲鳴が喉を震わせるが、周囲には何もない空間だけが広がっている。

不審な様子に、ニドルと取り巻きが振り返る。


「カーリス、どうした?」


ニドルが眉をひそめるが、その時にはアルドが

原型上書きアルキウム・オーバーライト

を発動していた。

見えない鎖が魂を縛り、カーリスの瞳が白銀に染まる。カーリスは一瞬硬直し、次の瞬間には操り人形のようになる。


「カーリス? おい、なんで黙ってる?」


取り巻きが声をかけるが、カーリスはまるで憑かれたように微笑む。

「カーリスさん……なんか目が……」


と、取り巻きの一人がカーリスの瞳の異変に気づいた。


アルドはカーリスの体を操り、素早く詠唱を行う。

地面から瞬時に尖った石柱を突き出す。

狙いはニドルだ。


「ぐあっ!」


ニドルは回避する間もなく腹部を石柱に貫かれ、即座に瀕死状態へ陥る。血を吐き、膝から崩れ落ちる。

周囲の三人は絶叫する。


「カーリスさん、何を!?」


混乱した取り巻きは、味方が突然裏切ったという状況に理解が追いつかない。

この一瞬の隙を逃さず、アルドはさらに攻撃を重ねた。

土塊を飛ばし、鋭い石片を次々と喉元や心臓へ突き刺す。悲鳴は途切れ、三人は地面に沈黙して倒れ込む。

暗闇に血と肉がこびりつくが、アルドは動揺しない。

これまで何度も見た光景だ。

精霊術は強力だが、不意打ちには脆い。


ニドルは斜めに崩れ、息も絶え絶え。

カーリス(アルド操縦)の足下に転がる彼は、信じられないといった目でカーリスを見上げている。

アルドはカーリスを操ったままニドルに近づき、しゃがみ込む。

指を鳴らすように微かな魔力振動を起こし、ニドルを苦痛で捻じ上げる。

目を剥いたニドルが呻き声を上げる。


「な……なぜ……カーリス……!」


声は弱々しく、血混じりの息が荒い。

アルドは低く囁く。


「リーシェ・ヴァルディスを陥れた計画について教えろ」


それがトリガーとなる。

アルドはニドルの頭部を無理やり掴み、再び記憶を読む。

原型閲覧(アルキウム・リード)

のように相手のアルキウム層へ干渉するのはリスクが大きいが、断片的記憶を取得するには仕方ない。


アルドは十秒ほどかけ、瀕死で抵抗が弱いニドルの意識へ潜り込む。

相手が死ぬ間際で、こちらの記憶が逆流しても問題はないだろう。


ニドルの脳裏には、混濁する記憶が断片的に浮かぶ。

前回ベルジから得たものと似た光景。裏庭での装置の設置、リーシェにつけられた首輪の話、幻惑と外部装置の同期。

そしてイザーク・ド・ローランという男の指示で貴族派が動いていたことが再確認できる。ニドルはイザークに目をかけられていると誇らしげに思っていたらしい。

その感情までもがアルドに伝わる。


アルドは短く息を吐き、記憶読み取りを打ち切る。

Cクラス側はあくまで雑用や幻惑支援でリーシェを陥れただけ。イザークなど複数の黒幕が潜んでいることを、アルドは確信する。


「……リーシェの兄……だと? そんなことがあるわけ……」


こちらの記憶断片を覗いてしまったニドルが、弱々しい声で繰り返す。

しかしアルドは容赦なく、ニドルの頭を岩で撃ち抜く。

彼らを生かしても意味はない。


これでC区画の関与者はほぼ始末できた。

アルドはカーリスの魂を破壊するべく、再び意志を集中する。先ほどまでカーリスを操っていたが、今度は内部からその存在を捻じ曲げ、人格と意識を砕く。

こうすればカーリスは無傷で死亡し、「謎の無傷死体」がまた一つ増えるだけだ。

細やかな作業は不要。数秒の圧力でカーリスは喉を詰まらせ、瞳が元の色へと揺らめき戻ると同時に意識が断ち切れる。


カーリスの体が地面へ崩れ落ちる。

アルドは本来の姿へ戻った。

前方にはニドルの無惨な死体が転がり、取り巻き三人の死体が散乱する。さらに不自然な無傷死体のカーリスが残る。


星明かりの下、アルドは足早にその場を立ち去る。

証拠隠滅を行う手段はなく、意味も薄い。ここまでの一連の不審死はすでに謎だらけで、学園関係者が介入するのは避けられない。

しかし、アルドは構わない。


「アルキウム領域への干渉……神の御業だ。多少不審な死体が残っても、誰もリーシェ(アルド)にはたどり着けないだろう」


C区画の夜風は、わずかに埃と血の匂いを運び、アルドの後ろ姿を闇へ溶かし込ませる。

遠くで鳥が不吉な声で鳴き、さらなる死を暗示するかのように聞こえた。


(とにかく、これでCクラス貴族派は壊滅状態だ。次はBクラスのイザーク……奴を突き止めれば、さらに上流の黒幕に迫れるはず)


アルドは焦る気はない。時間はある。


「いずれはヴァールノートに連絡をとり、B区画へ入り込む手段を得なくてはな」


こうして、C区画での制圧戦は一段落を迎える。

アルドの足音が遠ざかるにつれ、闇が静寂を取り戻し、星の光だけが惨劇の跡を見下ろしていた。

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