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34 リーダーへの緊急報告

黒い闇が学園外縁部を包む深夜。

ヴァールノートの拠点とされる古い倉庫の一室は、いつもより重苦しい空気に沈んでいた。


ここは普段、人目につかぬよう人員を分散させ、定期的な合言葉更新日にのみ顔を合わせる仕組みになっている。だが、今回は違う。

たった今、壊滅的な奇襲作戦の失敗を生き延びたメンバーが戻り、緊急の報告を行わねばならなかった。


低い天井から吊られたランタンが弱々しく揺れている。

木の壁は乾燥し、埃を含んだ薄い空気が鼻孔をくすぐる。床には簡易なテーブルと数脚の椅子。

そこに座っているのはBクラス出身で組織最強と噂されるリーダー、スペイス・アルブレイド。

今回の作戦には諸事情で参加できず、今ここで初めて結果を聞くことになる。


扉が軋み、入ってきたのはイザナ、ロクス、ファロン、ノイルの四人。

皆、青白い顔と傷跡を抱え、足取りさえも不安定だ。

それでも自力で戻ってきただけ幸運なのだろう。


スペイスは彼らを一瞥し、深い溜息をつく。


「……報告を頼む、イザナ。どうなった?」


イザナが扉に体を預け、弱々しく息を吐く。


「我々は……C区画で奇襲作戦を実行しましたが、逆に待ち伏せされ、ほぼ全滅です……。十人中、帰還できたのは我々四人だけ」


声は掠れ、言葉を紡ぐたびに痛みを堪える表情が浮かぶ。


「情報が漏れていたと考えるしかない状況でした」


ロクスが続ける。


「敵は我々が動くことを知っていた。貴族派が先手を打ったのか、ベルジ一派を狙った我々が返り討ちに遭ったんです。だが、それだけでは終わりませんでした」


スペイスは眉を潜める。


「それだけではない?」


ファロンが微かな声で付け加える。


「我々は、突然現れた()に助けられました。そしてベルジやソシア、ハザルといったCクラス有力者は、その男によって殺されていました……」


ノイルは壁にもたれながら呟く。


「はい。俺たちが毒で倒れ、ベルジ達に嬲られ、死を待つだけのところ……。謎の白銀の男に助けられたんです」


スペイスは腕を組み直し、静かに言う。


「白銀の男……? 聞き慣れないな。いったい何者だ?」


イザナは首を振る。


「私たちもわかりません。名前も素性も明かさず、ただ“貴族派を恨んでいる”と告げただけでした」


「貴族派を恨んでいる……か。おそらく我々と同じく、貴族派に人生を狂わされた者かもしれない」


「ええ、おそらくは。言葉の節々からも貴族派への強い恨みを感じられました」


「彼は、私たちに毒消し薬を飲ませて助けてくれたんです。代わりに、我々が暗号表や合言葉を使って連絡していることを聞き出し、指定の場所にメモを残す程度のコンタクト手段だけ伝えました」


スペイスはしばし沈黙する。

十人の精鋭が壊滅的被害を受けた上、謎の第三者が介入して貴族派を潰した。


この複雑な展開を前に、どこかで情報が漏れた可能性を疑わないわけにはいかない。


「罠を張った待ち伏せ……これは、情報漏えい……か」


スペイスが静かに結論を口にする。


「この奇襲計画は事前に外部に知られていた可能性が高い。ベルジたちは万全の態勢で待ち伏せしていた。計画が決まったのは三日前だ。敵が先に察知したと考えるなら、情報源が怪しい」


イザナがうなずく。


「我々は“ロビン・ドジェ”という人物から貴族派の行動予定を仕入れました。彼は中立的な情報提供者でしたが、最近の任務時のタイミングの悪さや彼の行動からして、ロビンが貴族派に密告した可能性が高いです」


ロクスも同意する。


「ええ、ロビン・ドジェが裏切り者かもしれない。内部か外部かは定かでないが、彼を徹底的に洗う必要がありますね」


スペイスは無言で天井を見上げる。

ランタンの灯が淡く揺れた。


「ロビン・ドジェ……。我々の中に通じる者がいるのか、それともロビン本人が貴族派に転んだのか。いずれにせよ、内部調査が必要だ」


ファロンは痛みに耐えるように顔をしかめながら答える。


「了解、リーダー……」


一方、謎の男の存在はますます不可解だった。

Cクラス上位の貴族派を単独で蹴散らす実力。ヴァールノートを救う行為。素性は不明で自己開示しない。敵か味方か判然としない。


スペイスはゆっくりと眼を細める。


「白銀の男……何者だ? 貴族派を狙うなら我々と利害が一致するが、意図が不明では信用できん。ただ、あれほどの力を示した以上、捨てるには惜しい。もし彼から再度接触があれば、そのときは私が対応しよう」


イザナが困惑の色を浮かべる。


「本当にそれでいいのですか? 彼が何か別の陰謀を……」


スペイスは手を上げ、制するように言う。


「君たちを生かし、貴族派を3人も殺しているのだ。我々の敵になる可能性は限りなく低いだろう」


スペイスは壁にもたれながら、低く唸るような声を落とす。


「しかし、Cクラスでこれほど貴族の死者が出れば、必ず倫理監査委員が動く。貴族派と白銀の男の暗闘が明るみに出れば、我々も追及対象になるかもしれないな」


彼は肩をすくめる。


「そこも含めて慎重に動くしかない。何も得られなかったわけじゃない。今回の失敗で学んだ教訓を、次の手に活かすしかない」


幹部たちは沈黙に包まれる。

拠点の静かな空気の中、ランタンの揺らめきだけが響いている。

外では冷え込む風が倉庫の壁をなぞるような音を立てていた。


組織内では、今回の惨劇で人手不足や戦力再編が避けられない。

また、情報漏洩の真犯人を捉え損ねれば、さらなる被害が出る危険もある。


やがて、スペイスが口を開く。


「いいだろう。当面は消極策だ。傷は深い。まずは休息を取れ。だが、レヴン一派とベルジ一派が消えたことでCクラスの貴族派は大きく弱体化した。試験まであと一ヶ月……それまでに仕切り直す」


イザナ、ロクス、ファロン、ノイルは疲労と痛みに顔をしかめつつも、


「了解しました」


と静かに頷く。


(白銀の男……あいつは何を狙っている? 貴族派への復讐か、あるいは別の陰謀か……)


スペイスは内心で思案するが、答えは出ない。

ロビン・ドジェの疑惑も重い。

組織を守るため、ロビンを調査し、必要があれば粛清する必要がある。

その作業は日中の活動や各方面の影響力を用いて進めることになるだろう。


やがて四人は簡易な処置を受け、マントや布団で体を温め、仲間の手を借りて別室で休む。

最初の報告は済ませたが、細かい質疑は体力が戻ってからだ。


スペイスは彼らを見送り、一人になった室内でランタンの光を見つめた。


(この一連の失敗は痛いが、得たものもある。敵に先読みされたからこそロビンを疑え、白銀の男の介入があったからこそ貴族派との新たな均衡を考え直せる)


もし白銀の男が再度接触し、情報交換や力の供与を望むなら、こちらは条件を提示する余地がある。

彼は単独で貴族派を葬る力を持っている。場合によっては“使える駒”になり得る。

それは組織にとって大きなチャンスだ。


隙間風が床を撫で、ランタンが小さく明滅する。

スペイスは立ち上がり、ドアに手をかけた。

外には後方支援メンバーが待機しており、追加の回復薬を用意しているはずだ。

あまり長々と思い悩んでも仕方ない。

今は組織の統制を取り戻し、次の局面に備えるべきだ。


こうして、ヴァールノートはひとまず“白銀の男”からの連絡を待つことで落ち着き、

闇の中で次なる動きへの準備を整えるのだった。

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