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33 救助

黒く煤けた床、焦げた木箱、血の鉄臭が夜風に溶けて漂う補給資料庫周辺。

復讐を遂げたアルドは、原型上書き《アルキウム・オーバーライト》を解除する。


《アルキウム・オーバーライト》を解除する直前、アルドはソシアの体内で、その精神的深層へ意識を注ぎ込んだ。

魂よりも深い原初の設計図アルキウムに干渉し、内側から捻じ曲げるような圧倒的な意志がソシアを精神の根底から締め上げる。


ソシアは悲鳴を上げようとするが、声にならぬ嘶きが喉元で潰え、瞳を見開いたまま抵抗できない。白銀の輝きが消え失せ、瞳は元の色へ揺らめき戻る。その瞬間、意識が僅かに蘇ったかのように、ソシアは極限の苦痛と恐怖を映す震える瞳孔をアルドに向けた。


だが、それも一瞬。意識が完全に断ち切られ、二度と戻らない。魂を砕かれた“器”だけが残る。その身体が昏倒するのと同時に、白銀の髪と瞳を持つ神秘的な男がゆっくりと起き上がった。


荒れ果てた現場を見渡せば、ヴァールノート側は悲惨な状況に陥っていた。

大半が毒でやられ、呼吸も止まっている者がいる。暗がりに転がる遺体は、弛緩した手足と虚ろな眼孔で夜空を見上げている。だが幸運にも、何人かはまだ息があるようだ。


イザナ、ロクス、ファロン、そしてノイルと呼ばれていたCクラスの男――計四人は微かに胸を上下させている。かろうじて死線を越えられるかもしれない。


アルドは足元に転がるベルジたちを見下ろし、証拠隠滅を試みるか一瞬考えた。しかし、死体を消す手段もないし、これ以上策を巡らせる余裕はなかった。

どうせ貴族派の内部崩壊が進む中、ここに残った痕跡が決定的な物証になることはまずあるまい。そう思い直して、アルドは疲労と頭痛を押しこらえる。


視線をずらし、ヴァールノートの生存者四人へ歩み寄る。

手荷物を探ると、毒中和用の薬が見つかった。


(これは昨日、ツェリが話していた薬か……)


ツェリは組織に参加こそしなかったが、治療薬の提供くらいは可能だと言っていたな。


アルドは四人に毒消し薬を無理やり飲ませる。昏睡状態で唾液を吐く者もいるが、そのまま嚥下させた。多少乱暴でも仕方ない。


数分待つと、薬が効き始め、四人はうめき声とともに瞼を震わせる。浅い息をつき、痛みに悶えながら意識を浮上させた。

最初に声を発したのはロクス。


「……誰だ、お前……」


掠れた声が暗闇に落ちる。目の前には白銀の髪と瞳を持つ謎の男が立っている。

ファロンも悲惨な現場と、この見知らぬ“救済者”を交互に見比べて視線を固定できない。イザナは声が出ず、ただ驚愕の表情。ノイルは血を吐きつつ虫の息だが、生きている。


アルドは冷静な口調で答える。


「俺はお前らと同じ、貴族派に恨みを持つ者だ。それで十分だろう」


余計な正体は明かさない。ヴァールノートが知りたがるかもしれないが、今この場で答える義理はない。

イザナが血混じりの唾を吐きながら低く呻く。


「助けてくれたのか……感謝する……」


生死をさまよう状況で救われれば、多少なりとも恩を感じるのが人情だろう。


ファロンは苦しげに身を起こし、何か言いたげに口を開くが、アルドは首を振って制した。無駄な会話は避けたいし、ファロンの記憶欠落について問い詰められても困る。


アルドは淡々と言い放つ。


「ベルジたちは俺が殺した」


ロクスは目を見開き、「これを……お前がやったのか?」と呆然と問いかける。

イザナも信じられない様子で、「たった一人で、あの貴族派の精鋭を……?」と口を噤む。


アルドは彼らの疑問を無視し、続ける。


「俺からの要求は一つ。これから先、俺がお前たちに接触したい時があるかもしれない。連絡手段を教えてくれ」


イザナは少し悩んで首を傾げる。


「……いいだろう。ロクス、教えてやってくれ」


ロクスが答えた。


「我々ヴァールノートは定期的に暗号表と合言葉を更新し、拠点や連絡ポイントを変えている。普段は簡単には接触できないが、非常事態用の一方的な連絡手段がある。指定の場所にメモを置くだけの簡易な手順だ。最低限のコンタクトは可能だ」


アルドはロクスから詳しい手順を聞き、黙って頷く。


「わかった。いずれ必要になったら俺から連絡する」


イザナは戸惑いながら、小声で尋ねる。


「ねぇあなたは、どこのクラスに所属しているの……?」


アルドは首を振り、少し威圧するように言う。


「俺のことは詮索するな。だが安心しろ、敵ではない」


ロクスが何か言いたそうに口を開くが、アルドは手のひらをかざして制する。

それで察したのか、誰も追及せず首を垂れる。


「俺の敵はお前らの敵と同じだ。助け合えることも多いだろう」


周囲を見渡せば、死臭の中に星明かりがわずかに差し込む。夜は深い沈黙を取り戻しつつある。

ヴァールノートの四人が動けるようになるまでには時間が必要だ。だがアルドはここに長居したくない。レリックルートを使って戻り、学内が騒ぎ出す前に立ち去るほうが賢明だ。


「お前たちの中にも貴族派に恨みを持つ者は多いだろう。俺もそうだ。徹底的に潰す……。――を陥れた奴らを……」


アルドは独り言のように小さく呟いた。

イザナとロクスは聞き取れなかったのか、怪訝な顔をする。だが、その低く澄んだ声には宿命的な決意がにじんでいた。


「では、またな」


アルドは闇へ足音を溶かすように去る。

ロクスが掠れた声で「待ってくれ……」と呼びかけるが、アルドは振り返らない。

四人が回復した頃には、白銀の男の姿はもう消えていた。


アルドは真っ暗な廃隧道を抜け、D区画へ戻る道を歩む。

帰り道の最中、《アルキウム・リード》で得た断片情報を胸に秘めていた。

Bクラスのイザーク、Cクラスの貴族派など、事件の全容を読み取ることはできなかったが事件に加担していた輩はまだ多数いるらしい。


まずはCクラスに潜む奴らを始末し、事件の手がかりを一歩ずつ掴む。

今のところB区画へ行く手段はないが、ヴァールノートの連絡先を確保できた以上、やがてはB区画へ潜り込む術を見いだせるはずだ。


この夜の戦果は、アルドにとって小さくない前進だった。

C区画へ移動する方法を得て、妹を陥れた加担者を葬り、情報を引き出せた。

レヴン、ベルジ、ソシア、ハザル、そして次はベルジの記憶に映っていた貴族派連中。最終的にはBクラスのイザークやAクラスの主犯格に辿り着くための道が少しずつ見え始めている。


(誰もが眠る闇夜……妹を嘲り、卑劣な罠で才能を封じた極悪人たちに、慈悲はない)


白銀の男は夜闇の奥へ消えていく。

その胸に、妹の名を呼びながら――復讐の道を進むと心に刻みつつ。

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