30 廃隧道 -レリックルート-
集合時間が迫った頃、アルドはD区画の暗がりで待ち伏せながら能力について考えを巡らせていた。
「なぁ、ナジャ……」
アルドは意思でナジャに呼びかける。
「お前の力は精神や魂に干渉できるなら、相手の記憶とかを読み取ることもできるんじゃないか?」
ナジャの声が応えた。
「可能ではあるが、望むほど簡単ではないぞ?汝が《アルキウム・オーバーライト》で相手を支配するのと、記憶を読むのでは干渉する階層が異なる。記憶を読み取るには同じ階層に潜り込む必要があり、相手のアルキウムと自分のアルキウムが相互に触れることになるからの」
アルドは眉をひそめる。
「階層? ……あぁ、確か《アルキウム・オーバーライト》は上の階層に自身の存在を貼り付けるようなものだと言ってたな。じゃあ記憶を読むためには、相手と同じ階層で干渉を行うってことか?」
「そうじゃ。汝が望む、原型閲覧と呼べる行為は、相手と同一レイヤーで接触することを意味する。同じ階層での接触は自身の存在が相手と混ざり、相互汚染が起きる可能性が高い。汝は相手の断片記憶を得られるが、代わりに汝の記憶や感情が逆流し、相手にも同じことが起こる」
アルドはわずかに顔を歪めた。
「なるほど……精神汚染と相互流出か。相手と意識が混ざり合うなんて、後味が悪いな」
ナジャは静かに続ける。
「さらに使用中は無防備。しかも得られる情報は断片的じゃ」
アルドは唇を引き結んだ。
「……そうか。頭の片隅に入れておくよ」
そうこうしているうちに、何者かが足早に第二体育館裏へ向かう足音が聞こえてくる。
ファロンだ――彼はヴァールノートのメンバーとして、今日の計画に参加する予定だ。アルドはファロンに乗り移り、彼になりすまして組織の動きを直に知るとともに、ベルジが妹の件に関与しているか確認するつもりでいる。
(簡単にファロンの記憶が読めれば、乗っ取る必要もないんだけどな。まぁ仕方ない)
息を殺し、もう一度周囲を確認。
廊下の角をファロンが曲がってくる瞬間、アルドは背後に回る。ファロンが警戒を解いている隙に、さっと手をかざした。アルドの瞳が淡く白銀色に滲み、微かに揺らめく光と同時に不可視の鎖がファロンを拘束して意識を奪う。
《アルキウム・オーバーライト》によって、アルドはファロンの身体を奪うことに成功した。
同時にアルドの元の身体が崩れ落ちそうになるが、アルドはファロンとしてすばやく動いて転倒する前に抱きとめる。
手早く自分の身体を運び、体育館裏の用具棚の隙間に押し込んだ。布をかぶせ、目立たないように隠す。短く息を整え、
(これでよし)
と心中で呟くと、集合場所へ向かう。
集合時間ギリギリに姿を見せたファロンは、準備万端の組織メンバーたちのもとへ向かう。
第二体育館裏にはロクスの他に二人ほどのメンバーがいるようだ。
「ファロン、お前遅いぞ」
ロクスが冷めた調子で軽く咎める。
ファロン《アルド》は「ああ、悪い。考えごとしててな」とあっさり返した。
ロクスは「そうか、まぁいい」と受け流し、他のメンバーも特に疑念を抱く様子はない。不自然さは最小限に抑えられた。
ロクスたちは、集合地点である第二体育館裏の古い倉庫に入っていく。
アルドも続き、ドアをきしませて中に入ると、埃臭い空気が鼻を刺した。倉庫内にはCクラス生徒数名が待機しており、その中には以前リーシェを勧誘しに来たイザナの姿もある。ほかに見知らぬ者が五名ほど加わり、総勢十名となっていた。
「なあ、Bクラス組は来ねえのか?」
ファロン《アルド》が何気なく口を開く。
ロクスは呆れたように顔をしかめる。
「おまえ……まぁいい。Bクラスの連中はレリックルートの調整が合わないんだとさ」
「まあ十人もいりゃ十分だろ?」
後ろから別の男がニヤリとする。
「敵は多くて三人。ロビン・ドジェの情報だから確かだ。これだけいれば数で圧倒して叩き潰せる」
アルドは黙って耳を傾ける。皆、明らかに自信を持っている。こちらの戦力は圧倒的に優位、と軽い調子だ。
「こちらが優位とはいえ、相手は狡猾な貴族派よ。気を引き締めなさい」
イザナは仲間の気の緩みを諫めると、古い倉庫の床板に手を置いた。
淡い光が指先に宿り、彼女が低い声で精霊語を紡ぐと、軋む音とともに床板がずれ動き、下へ通じる暗い穴が露わになる。そこから冷ややかな空気がわずかに流れ出す。
(これが廃隧道か……)
アルドはファロンとして何も言わないが、内心では唸る。
内部の劣化具合から、これは相当昔から存在している地下空洞なのだろう。まさかこんなものが学園の地下にあるとは。
イザナの詠唱や仕掛け、位置関係――アルドは可能なかぎり頭に刻み込む。後に役立つかもしれない。
「行くわよ」
イザナが短く告げると、古いランタンを頼りに先頭を切った。全員が続く。
アルドもファロンとして、彼らの行列に紛れ込む。
十人の行列が暗い土中の道を辿っていく。不揃いな足音が響き、湿気を帯びた空気が肌を冷やす。
アルドはファロンになりきって静かに歩くが、頭の中では様々なパターンの策を練っていた。
(今夜ベルジを強襲するなら、漁夫の利を狙うのもありだ。けど、これだけの人数がいれば自分が出る幕は少ないかもしれないな)
(まぁ、この組織の目的と俺の目的は近い。協力するのも悪くないだろう)
通路は曲がりくねり、ところどころで微かな魔力の残滓が感じられる。ヴァールノートの面々は慣れた様子で進み、イザナがC領域への出口を指し示した。
「ここを抜けた先で待ち伏せするんだ」
後方からロクスの確認する声がする。
アルドはファロンの瞳で周囲を見渡した。こうして組織の行動手段を直に見られたのは大きい。廃隧道――潜入や脱出に使える、最高の秘密経路ではないか。
(いいものを見せてもらった。これなら俺の目的にも活かせそうだ)
内心で満足げに微笑みながら、アルドはさらに歩みを進める。
この移動手段を有効活用し、今夜こそベルジに一矢報いる――そんな思いを胸に秘めながら。