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28 盗み聞き

C区画へ侵入してから数日が経った日の放課後。アルド(リーシェ姿)はイルマ、ツェリと一緒に、廊下脇の少し広めのスペースで他愛ない雑談を交わしていた。


「ねえ、リーシェ、魔力適性標準試験まであとどれくらいだっけ? 私は今回もダメそう……」


イルマが小柄な身体で首を傾げ、ゴーグルを握りしめたまま尋ねる。


「確か一ヶ月以上先だと聞いたけど……まあ、そんなに焦らないほうがいいよね」


アルドは無表情で応じながらも、内心ではいらだっていた。ベルジに接触できる機会がありそうな試験日まではまだ遠い。だが、イルマやツェリにそれを悟られるわけにはいかない。


ツェリは相変わらず穏やかな声で話す。


「長期的に考えれば道はあるよ。私も治癒術をもう少し上達させて、もっと実力を伸ばしたいし」


そう言いながら、小さな薬草が挟まれたメモ帳を眺めていた。ツェリ・シャーラは優しげな笑顔を浮かべ、二人の雑談を和ませる存在だ。


そんな緩やかな空気を裂くように、ファロンが近づいてくる。その足音は静かで、焦りもない自然体。ファロンはDクラス仲間の一人だが、あまり他人に話しかけることはなかった。アルドは軽く片眉を上げて声をかける。


「ファロン、何か用?」


ところが、ファロンはリーシェ(アルド)を一瞥して、冷静な口調で言い放つ。


「お前ではなく、ツェリにな」


どこか突き放すような雰囲気だ。ツェリは意外そうに目を瞬かせ、「私……に?」と困惑する。

ファロンは短く告げる。


「ちょっと話がある、ツェリ。悪いが来てくれないか?」


その言葉に、イルマが「なになに、なにごと?」と首を突っ込もうとするが、ファロンは軽く手をあげて制した。


「すぐ終わる。二人は待っててくれ」


イルマは不満げな表情になるが、ツェリは「わかった……」と消極的に同意し、ファロンに従って歩き出す。

アルドは一歩下がり、イルマが「変なの……」と呟くのを聞きつつ、内心でファロンの行動を怪しんだ。なぜツェリを名指しで呼び出したのか。組織がらみか。彼女がD落ちした理由は、貴族の不正行為による理不尽なものだ。もしかして勧誘か、それとも彼女が知る何かを狙っているのか。

アルドは「ちょっと先生に呼ばれていたの忘れてた。また明日ね!」とイルマに言い残し、あまり目立たぬよう二人の後をつけることにした。


ファロンとツェリは廊下を抜け、人通りの少ない裏手へ向かっている。Dクラス棟はボロいが広く、空き教室や使われていない倉庫部屋も多い。その一つにファロンはツェリを連れ込むようだ。

アルドは息を潜め、壁際や支柱の影を縫うようにして距離を保ちながら追いかける。


やがて、小さな物置部屋の前でファロンが立ち止まり、軽くドアをノックした。

中から応じる声があり、ファロンが扉を開ける。ツェリがためらいつつ中に入るところを、アルドは廊下の角から慎重に覗いた。

部屋の中は薄暗く、古い机が数台放置されている。そこに立っていたのは三年生とおぼしき先輩だ。風貌こそ地味だが、その目つきには冷静な光が宿り、何か狙いを秘めているのが伝わってくる。


「急に呼び出してすまない。僕は三年C4クラスのロクスというものだ」


ロクスが言うと、ツェリは居心地悪そうに微笑む。


「あの……私になんの用でしょうか」


ファロンがドアを閉める。アルドは近くの窓を少しずらし、聞き耳を立てた。

ロクスはツェリの正面に立って静かに告げる。


「ベルジたちが不正をしていることは知っている。ツェリ・シャーラ、君はCクラスのベルジにはめられてD落ちしたのではないだろうか? 貴族派の不正や策略は許せないと思わないか? 復讐してやりたくないか?」


その言葉に、ツェリは動揺する。自分がD落ちした経緯をなぜ知っているのか。何度か口を開こうとするが、うまく言葉が出てこない。


「えっと、私は恨みがないわけじゃないけど……私に何ができるというの?」


ファロンが冷めた口調で補足する。


「明日、俺たちの仲間がベルジを狙う計画がある。被害者はお前だけじゃない。多くの下層生がベルジに蹂躙され、嘲られ、チャンスを奪われた。今こそ反撃の時だ」


ツェリは戸惑いながらうつむく。


「でも私は戦えない。治癒や薬草を使った回復が得意なだけで、戦闘力なんてないし……それに危険なことは……」


ロクスは手のひらを上に向け、控えめに笑う。


「ふむ、直接戦わなくてもいい。もし何か支援ができるなら考えてくれ。戦闘員の怪我を治療したり、治療薬を作ってくれるだけでも助かる者は多いだろう」


ファロンも続ける。


「もちろん無理強いはしない。お前が悩むのは当然だ。だが機会はそう多くない。明日、俺たちは行動を起こす。恨みを晴らしたいなら、共に戦ってほしい」


ツェリは揺らぐ瞳を伏せて躊躇する。


「ごめんなさい、すぐには決められないです……。私は怖いし、傷つく人がいるのは嫌だけど、でも……」


息を詰まらせた後、消え入りそうな声で言葉を継いだ。


「でも、治癒薬なら勉強用に作ったものがいくつかあるから差し上げることはできるわ。それ以上は……」


ロクスは肩をすくめる。


「それでも構わない。一応、僕たちの仲間は明日C区画で動く予定だ。詳しい場所や時間は……ま、それは来たるべき時に知る必要があれば教える」


含みを持たせたまま、ロクスはそれ以上は語らなかった。ツェリは「わかりました……すみません」と小声で謝り、踵を返す。

ファロンがドアを開けてツェリを送り出し、ロクスはそのまま部屋の中で待機する。

ツェリとファロンが廊下に戻ってくると、アルドは物陰から静かに身を引いた。


ツェリは、きっと誰にも言えずに困り顔で戻ってくるだろう。ファロンとロクスはヴァールノートの一員で、明日ベルジを狙う計画を立てている。作戦の詳細は不明だが、ヴァールノートがベルジを標的としてマークしているのは確かだ。

アルドは胸中でつぶやく。


(なるほど、これは有益な情報だ)


もしヴァールノートが明日動くなら、ベルジの行動を逆手にとって漁夫の利を得るチャンスが生まれるかもしれない。

しかし、まだ肝心の時間や場所がわからない。アルドはファロンとロクスが別れた後、原型上書きアルキウム・オーバーライトを用いてファロンに乗り移り、ロクスを追いかけて計画を聞き出す算段を立てる。


明日、ヴァールノートが動く。その隙にアルド自身がベルジを仕留める――そんな構想が、密かに脳裏で形を成し始めていた。

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