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25 ヴァールノート

ツェリからDクラス降格理由を打ち明けられてから数日。

アルド(リーシェ姿)はツェリとの距離を自然に縮めてきていた。

最初、ツェリはどこか暗く、委縮していたが、リーシェが信じてくれたこと、そしてイルマという明るい存在が加わったことで、彼女はゆっくりと周りを見る余裕を取り戻したようだ。


ある朝、いつものようにD5クラスの教室へ足を運ぶと、ツェリとイルマが既に席で談笑していた。

ツェリは以前まで机の端に身を小さくしていた姿が嘘のように、微かだが笑みを浮かべ、イルマの話へ時折うなずく。

イルマは弾けるような笑顔で、手にした小型の魔道具をツェリに見せている。


「おはよう、リーシェ!」


イルマが目ざとくアルドを見つけ、朗らかに声をかける。

ツェリも優しい表情で「おはよう」と言ってくれた。

その声には、あの日初めて本音を語った後の、僅かながらの自信と安心が混ざっている。


数日前まで孤立気味だったツェリが、こうして誰かと笑い合う姿は微笑ましい。

アルドはリーシェとして笑みを返し、そっと隣へ腰を下ろす。

その横でイルマが魔道具を握り、


「ねぇツェリ、これ振ると変な音がするんだけど、直せるかな?」


と訊ねる。

ツェリは少し考え、


「中の部品が劣化してるかもしれない。明日の放課後、薬草採集のついでに交換部品が安く手に入る店へ行きましょうか?」


と提案する。


リーシェはそれを聞きながら、


「そういえば、次の試験も近いし、薬草学の本が役立つかもしれない。ツェリ、私が持ってる参考書、貸してあげるわ」


と声をかける。

ツェリは


「本当? 助かる……」


と少し照れながら答える。

3人はまるで以前からの友人のように自然な調子で会話を重ねる。


アルドは内心、安堵を覚える。

(ツェリに余計な負担をかけずに済んだ。彼女に闇を思い出させることなく、この友情を通じて学内の情報や雰囲気を感じ取れる)


ツェリが一人ではなくなったことで、貴族派に踏みにじられた被害者としての傷も、わずかに癒えるだろう。

それはアルドが望んだ小さな幸せだ。


こうして数日が経った今、3人は自然と一緒に休み時間を過ごしたり、帰り際には言葉を交わしたりする友人関係になった。

Dクラス特有の沈んだ空気も、3人の笑い声が混ざることで明るさを帯びている。

ツェリが潤んだ目をして感謝を伝えたあの日から、穏やかな時間が育まれているのだ。


その日の放課後、空は微かにオレンジ色に染まり、窓際の机や椅子が長い影を落とす。

イルマは工房へ寄って最新の魔道具実験を行うと言い、ツェリは治癒術の練習をするために寄り道を決めていた。


「じゃあ、また明日ね」


と3人は笑顔で手を振り合い、平穏な一日を締めくくろうとする。


リーシェも帰ろうと席を立つ。

鞄を手に取り、教室を出ようとしたその瞬間、静かな呼び声が背後から降りかかった。


「……ちょっといいか」


低く、静かな声。

夕暮れのオレンジ色が教室内の机を伸びた影とともに染め上げる中、アルドは振り向く。

立っていたのはファロン、半獣人のクラスメイトだった。


いつもは控えめで目立たない彼が、わざわざ呼び止めるとは何事だろう。

ツェリやイルマは既に帰路につき、今ここにはファロンとリーシェ姿のアルドだけがいる。


「ファロン、何か用があるの?」


アルドが不審に思っていると、ファロンは無表情のまま、静かに言葉を続けた。


「すまないが、もう一人来る」


ドアが開き、黒髪をきちんと編んだ少女が入ってきた。

彼女は鋭い眼差しを隠さずこちらを見つめている。


「私は“ヴァールノート”のイザナ。C2クラス所属よ」


少女は簡潔に名乗ると、すぐに本題に入った。


「リーシェ、以前にうちのリーダーから話があったと思うけど……覚えているかしら?」


Cクラス領域に属する彼女が、なぜDクラスの教室にいるのか。

クラス間移動は難しいはずなのに、CクラスからDクラスに来るのは容易いとはいえ教室の中にいるこの状況は不可解だった。


そして、“ヴァールノート”という単語と「以前話したことがある」という事実に、アルドは心中で眉をひそめる。


(リーダー? 妹のメモを見た限り、レジスタンス組織らしき存在が記されていた。確か男のリーダーの名前があったはずだ…)


妹のメモには「組織は貴族派と対立して改革を狙う。平等を掲げるビジョンは素晴らしいが手段は過激で問題あり」とあった。

そして、イザナの発言と合わせて考えると、妹は当時この勧誘を断ったことを示唆している。


「えぇ、覚えていますよ」

アルドはリーシェのふりをして相手に話を合わせる。


つまり今、彼らは再びリーシェを誘いに来たというわけだ。


「えぇと、確か、リーダーは……スペイス・アルブレイドさんだったかしら?」

考えるふりをしながら微笑みを浮かべ、記憶を辿る演技をする。


イザナは頷く。


「えぇ、そうよ。あのときは話を受けてもらえなかったようだけど……Dクラスに落ちたことで、君が考えを変えたかもしれない、とリーダーは判断したわ。だから再度勧誘をしろ、ってね」


(やはり妹が昔誘われた組織か。妹はそれを拒否した。「信用はできない」とメモにあったが、彼らはこの状況でも再び誘ってくるのか…)


アルドは内心で整理する。

イザナはわずかに息を整えると、はっきり告げた。


「はっきり言いましょう。私たちは、あなたが貴族派に殺されかけたと考えている。事故を装って、ね」


アルドは視線を床に落とし、


「……確かに、あれは私が魔力暴走を起こしたわけではないと思ってる。だけど証拠がないから、今は何も言えないわ」


と慎重に答える。


すべてを曝け出すつもりはない。


イザナはさらに踏み込む。


「であればどうだろう、我々と共に貴族派と戦わないか?」


ファロンは黙っているが、その沈黙が圧力を増している。

彼らは本気で自分を仲間に引き込みたいらしい。


アルドは一見迷う素振りを見せておく。


「うーん…一応、少しだけ話を聞いてもいいかしら?」


これは情報収集の好機でもある。

彼らがどんな戦力や手段を持っているのか確かめておきたい。


イザナは組織のビジョンを語り始める。

貴族派が不正と圧力で学園を歪めていること、彼らが本来あるべき公正さを取り戻そうとしていること、仲間は貴族によって不幸な目にあった者ばかりだということ、そして手段は問わない過激さで臨む姿勢を持つこと。


「組織にはAクラス以外、B~Dすべてのクラス階層に同志がいるの。Aクラスは貴族が独占しているけど、それ以下のクラスには貴族に不満を抱える生徒が多い。情報や戦力を階層間で共有できるし、クラス領域を自由に往来することも可能よ」


得意げに言うイザナの言葉を聞き、アルドは感心を覚える。


(なるほど、この組織は領域制限を突破している。情報戦でこれほど有利なら、妹の仇を探る糸口になるかも…)


しかし、妹が拒否した組織だ。

妹を勝手に反体制組織に加えるのは避けたい。


仮に妹が目覚めた時、“レジスタンスの一員”だったと知ったらどう思うか分からない。

手段過激な集団を簡単に信用できない、という思いもある。


そこでリーシェとして一歩下がり、


「そうね……ありがたいお誘いだけど、私にはもう精霊術もないし、正直貴族と関わるのが怖くて足がすくんでしまうの……ごめんなさい」


と穏便に断るため、弱気を演じる。


「でも、検討はしておくわ。今は答えを出せないけど、もし気が変わったらどうすればいいの?」


と敵対しない姿勢も示しておく。


「そう……残念ね。リーダーは期待してたのに。でもいいわ。気が変わったら同じクラスのファロンに話を通して」


イザナは少し物足りなさそうに告げる。


ファロンも唇を結び、


「君が覚悟を決めた時、我々は喜んで迎え入れる」


と言ってから、二人は肩を並べて教室を出ていった。


ドアが閉まり、夕闇がじわりと迫る教室に、アルドがひとり取り残される。

窓外では薄青い空が夜へと溶け始めていた。


アルドは軽く息をつく。

組織は思った以上に強力な力を持っているようだ。


アルド個人としては目的が重なる部分があるため加入も考えられるが、妹が「過激すぎる」と拒否した組織でもある。

今、自分がリーシェ名義で参加すれば、妹が目覚めたときに困るし、組織の泥に巻き込まれる恐れもある。


(ひとまず情報を得る程度で十分だ。貴族派を倒すのは自分のプランで進めればいい。組織を利用するなら、ナジャの力を使って別人として接近すればいい)


鞄を手に、廊下へ出る。


平和な日常の裏で、貴族派と組織の対立が密かに続いている。

その事実を感じさせる、夕闇が迫る学園の一コマだった。

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