18 末路
アルドは微かに息を吐くと、レヴンの体内からレヴン自身を壊す方法が本能的に理解できた。
まるでナジャの力が、アルキウムの領域で相手を操るだけでなく、完全に断ち切る手段までも示しているかのようだ。
「消えろ……」
呟く声はかすれていたが、決意は揺るがない。
レヴンの瞳には生への執着と恐怖が焼きついている。
だが、アルドは迷わなかった。
その精神的な深層、魂よりも深い 原初の設計図 を捻じ曲げるように意識を注げば、レヴンの存在は“無”になる。
圧倒的な干渉がレヴンの存在を締め上げ、悲鳴を上げようにも声にならない嘶きが喉に詰まる。
(ぐ……っ……!)
レヴンの魂は悲鳴を上げようにも声帯を動かせず、声にならぬ嘶きが喉奥でうごめくばかり。
瞳は白銀の輝きに包まれていたが、その光が消え、元の翠色に戻るとほんの一瞬だけレヴンの意識が揺り戻る。
その刹那、レヴンの瞳孔は震えた。
命の灯が薄れる残りわずかな瞬間に、深い苦痛と底知れぬ恐怖が映し出される。
彼の世界は破壊的な苦痛で彩られ、言い訳も嘆きも間に合わない。
そして、意識が完全に断ち切られた。
次の刹那、ナジャの力が解放され、アルドは一気に自分の元の体へと引き戻された。
グッと胸に力が戻り、倉庫の奥で倒れていたアルドの肉体が、彼の本当の意識を再び受け入れる。
アルドは体勢を整えようと両手を突いて起き上がる。
その視界には、床へと倒れ込んだレヴンの肉体が見える。
まるで操り糸を失った人形のように、魂が抜けた屍がそこに横たわっている。
レヴンの絶望と苦痛のうめき声は、もう聞こえない。
最後に浮かべた恐怖の色が、そのまま凍りついたような表情で息絶えた。
アルドは立ち上がり、荒い息を吐き出す。
怒りの余韻が胸中を渦巻くが、同時に何かを失ったような虚無が、心の片隅に巣食っていた。
周囲を見回せば、肉片や血液が飛散する無残な戦場と化した倉庫が広がっている。
イルマはまだ気絶したままで、惨劇を見ていないのが唯一の救いだ。
もし彼女が目覚めれば、ここが地獄だと錯覚するかもしれない。
(妹を傷つけた仇を葬った……だが、これで本当によかったのか?)
アルドは唇を噛む。
確かに妹の“事故”が事件だったと確信できたが、指揮を執った黒幕は誰なのか、何のためにそんなことをしたのか、謎は山積みのままだ。
あのレヴンを利用して情報を引き出せばよかったのでは?
そんな思考が頭をかすめ、後悔に似た感情がじんわりと広がる。
(もう遅い。レヴンは二度と口を開かない)
その事実が、アルドの胸を抉る。
戦略的判断をすれば、生かして問い詰めるべきだった。
だが、初めて得た圧倒的な力、制御不能な怒り、そして復讐心は、理性を葬り去った。
周囲は血の海。
初めて人を殺し、それも大量に殺したというのに、アルドは心中を探っても罪悪感らしきものが見当たらない。
むしろ、妹の仇を討てた達成感すら微かに存在する。
(俺は今、本当に正気なのか?)
復讐を果たし、敵を壊滅させても、喜びというよりは虚無が残る。
かつての己なら罪悪感や嫌悪感を覚えたかもしれないが、今は奇妙なほど静かで冷えた怒りの残渣が胸の奥に沈んでいるだけだ。
(復讐者として、俺の心は壊れてしまったのか……?)
自問しても答えはない。
ただ、次に同じような状況が訪れたら、今回の後悔をバネに、情報を得てから殺すだろう。
アルドは自分が、妹のために人を殺し、さらに有利になるよう敵を利用することも厭わない存在へ堕ちていくことを、薄々悟っていた。
しかし、今は何も考えない。
ひとまず倒れたイルマを揺さぶり起こし、ここを離れる必要がある。
血濡れの惨劇は後戻りできない証を刻んだが、妹の救済と事件解明はまだ道半ばだ。
アルドは静かにイルマに近づき、冷えきった倉庫の闇で、再び歩み始めるための準備を整えていた。