14 奇襲
アルドは腹を括り、不良を引き立てるようにして資材倉庫へ向かった。
夜風が吹きすさぶ中、不良は痛みに顔をゆがめながらも、「こっちだ……」と弱々しく先導する。
細い路地を抜け、木の箱や鉄屑が積まれた一角を回り込むと、目指す資材倉庫が見えてきた。
ランタンの光が乏しく、影が深く刻まれた建物の前で、不良は足を止める。
「ここだよ……」
不良が震える声で言うと、アルドは周囲を観察する。
事前の情報では10人揃えていると言っていたが、耳を澄ませても複数の足音がはっきりせず、不穏な気配はあるが想定ほど多くなさそうだ。
(数を盛っていたか、あるいは予定変更したのか……)
裏口へ回ろうとした瞬間、不良が恐る恐る振り返る。
「ほら、俺は連れてきた。な、俺をもう放してくれ……」
アルドは一瞬、冷えた笑みを浮かべる。
「そうだな、おまえにはもう用はない」
次の刹那、軽く首筋を小手で打ち、不良を気絶させる。
くぐもった声を最後に、不良は力なく地面へ崩れ落ちた。
アルドは耳を澄ませて裏口へ静かに回り込む。
(とにかくイルマを助けなければ……)
呼吸を整え、心中で自分に言い聞かせる。
扉の隙間から中を覗くと、どうやら中には5人程度しかいない。
(10人いると吹いていたのはハッタリだったのか?)
なにはともあれ、この人数なら裏口から不意を突ける。
細い通路をそっと進み、廃材の陰から状況を確認。
イルマは中央付近に拘束され、足元を縛られたままうずくまっている。
その近くに1人、目を光らせるCクラス生がいる。
(まずはそいつだ……)
一瞬の爆発的な動きで、アルドは影から飛び出し、イルマのそばに立っていた男の後頭部を手刀で叩く。
「な、なんだ!?」
と他の4人が振り向くが、その刹那にはすでにイルマの近くから素早くステップを踏んで距離を作り、次の相手へ突進。
「おまえっ、いつの間に……!」
1人が詠唱を試みるが、アルドは小型の投擲武器を投げつけ、その手元を攪乱する。
別の相手は慌てて風刃を起こそうとするが、すでにアルドが足元に落ちていた釘入りの布袋を蹴り飛ばし、転倒させる。
「くっ……こいつ!」
怒号が上がる中、アルドは長い髪をなびかせスラックス姿でダンスでも踊るような軽快な足運びを見せ、素手で次々と相手を叩き伏せる。
半端な精霊術発動を許さぬよう、間合いを詰め、拳や肘打ちで痛点を突き、武器らしき物を取り出す前に制圧していく。
5人といえど、奇襲と技量で押し切られ、短い悲鳴や呻きが倉庫内で散らばる。
「な、なぜ精霊術なしで……!」
と最後の1人が動揺するも、アルドが一瞬で懐に飛び込み、軽い顎打ちでダウンさせる。
静寂が戻った倉庫内。
アルドはすぐにイルマの下へ駆け寄り、拘束具を外す。
緊張から解放されたイルマは汗で前髪が貼り付き、弱々しい声で「ごめん……助けてくれて……」と呟く。
アルドは「気にしないで」と短く答え、イルマを支えて立たせようとする。
「無事で良かった⋯⋯」
と言いかけたそのとき――
突如、鋭い風が床を撫で、倉庫内の埃が渦を巻く。
アルドが咄嗟にイルマをかばうが、次の瞬間、強力な風属性精霊術が二人を襲った。
「ぐっ……!」
身を守る暇もなく、吹き荒れる風が衝撃波となり、アルドとイルマを数メートル先まで吹き飛ばす。
イルマは痛みに息を詰まらせ、アルドもぐらつく足元を必死に支える。
痛みを堪えつつ、アルドが視線を上げると、そこには漆黒の髪、翠の瞳を持つ男がゆっくりと歩み寄る姿があった。
「あれは……レヴン・ハークレスト……Cクラスの頂点。精霊術においてはBクラスの実力を持つ精霊術士……」
イルマが弱々しい声で震えながら囁く。
その言葉からも、この相手が桁違いの力を持つ存在であることが察せられる。
「なんだ、やはり情報通り精霊術は使えないようだな」
レヴンは薄い笑みを浮かべ冷静に観察するような目を向ける。
そして手を軽く振ると、もう一度風の衝撃が走った。
「くっ……!」
再び吹き飛ばされたアルドとイルマは、倉庫の奥へ叩きつけられる。
アルドは衝撃で背中を壁に打ちつけられ、肺から息が一気に絞り出される。
先ほどの突風はまるで刃物を散りばめたような威力で、微細な破片が頬をかすり、小さな切り傷を残していた。
痛みが全身を走り、腕や脚が重く感じる。
イルマは先ほどの衝撃で完全に気を失ったようで、壁際でぐったりとうなだれ、反応がない。
アルドは必死に歯を食いしばり、彼女の安否を確認したいが、体が思うように動かない。